美月マーシャ
ロシアの女性たちは、「私なんて」と言わなかった|夏の街で見た美意識
ロシアに住んでいた頃、
短い夏になると、
街の中でよく見かける光景がありました。
それは、女性たちが
カメラマンに写真を撮ってもらっている姿です。
モデルでも、有名人でもありません。
ごく一般の女性たちです。
けれど、その立ち姿が美しい。
表情も堂々としている。
ポーズも、服も、撮る場所も、ちゃんと計算されている。
「ここで撮ったら、私がきれいに見える」
それを、本人がよく知っているように見えました。
日本人の感覚だと、
街中で本格的に写真を撮ってもらうなんて、
ちょっと照れませんか?
「え、私なんかが?」
「目立ってない?」
「誰か見てない?」
もう、恥ずかしいという気持ちが
大半を占めるでしょう。
でも、ロシアの女性たちは違いました。
自分を美しく見せることに、遠慮がない。
自分を装うことに、罪悪感がない。
自分を前に出すことを、変に隠さない。
若い頃のロシア人女性は、
モデルのような体型の人も多く、
見た目の華やかさはたしかに際立っていました。
でも、私が本当に印象に残っているのは、
そこではありません。
もともと美しいから、ではなく、
自分を美しく見せることに、
とても積極的だったことです。
メイクをする。
服を選ぶ。
似合う角度を知る。
表情をつくる。
場所を選ぶ。
写真に残す。
それを恥ずかしがらない。
むしろ、
「私は私が大好きですけど、何か?」
くらいの空気がありました。
この堂々さに、
私はかなり衝撃を受けました。
日本では、
謙遜が美徳とされる時代が長かった。
もちろん、控えめであることや、
周りとの調和を大切にする感覚は、
日本の良さでもあります。
でも、行き過ぎると、
少しややこしいことになります。
「私なんて」
「目立たない方がいい」
「きれいに見せようとするのは恥ずかしい」
「自分を出すと、痛い人に見えるかも」
そんな思い込みを、
知らないうちに着込んでしまう。
もはや服より重いです。
肩も凝るはずです。
私自身も、
自己肯定感が高いタイプではありませんでした。
きれいな人を見ると、素直に素敵だなと思う。
でも同時に、自分と比べてしまう。
見た目にコンプレックスを持つ。
「私はあの人とは違うから」と線を引く。
けれど、海外の女性たちと話したり、
彼女たちの在り方を見たりするうちに、
だんだん疑問が湧いてきました。
なぜ私は、
こんなに自分を小さく見積もっているのだろう。
誰かと同じ美しさを目指す必要はない。
誰かの顔や体型になる必要もない。
でも、自分という素材を活かすことまで、
あきらめなくていい。
ここは、はっきり言いたいところです。
自分を素敵に見せることは、
うぬぼれではありません。
誰かに勝つためでもありません。
若さにしがみつくためでもありません。
自分を大切に扱う、ひとつの方法です。
せっかく生まれてきたのに、
「私なんて」という布を何枚もかぶせたままでは、
もったいない。
しかもその布は、
だいたい自分で買っていません。
社会とか、教育とか、昔言われた言葉とか、
勝手に渡されてきたものです。
自己肯定感を上げるというと、
心の奥から変えなければいけない気がしませんか?
でも、最初の一歩は、
もっと身近でいい。
いつもより似合うリップを選ぶ。
顔色が明るく見える服を着る。
髪型を変えてみる。
姿勢をただす。
写真を撮ることから逃げない。
外側を変えると、
自分を見る目も変わります。
「あれ、私にもこんな一面があったんだ」
その発見が、
自分を受け入れる一歩になったりするんです。
ロシアのさわやかな夏の日。
街角で写真を撮っていた女性たち。
あの頃の私は、彼女たちを見て、
「私とは違う人たち」
と感じていたかもしれません。
でも今は、少し違います。
自分を魅せることは、
特別な人だけのものではない。
美しい人だけに許されたものでもない。
自分に与えられたものを、どう活かすか。
その視点は、
誰にでも持つことができます。
「私なんて」と言っている場合ではなかった。
そんなロシアの短い夏に見た光景が、
今も私に問いかけてきます。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
原宿ほしよみ堂所属占い師
美月マーシャ
紫微斗数を中心に、
仕事・恋愛・人間関係のお悩みを、
「人生の設計図」という視点から読み解いています。
うまく言葉にできない違和感も、
命盤を通して見ていくと、
少しずつ輪郭が見えてくることがあります。
自分らしい選び方を知りたい方は、
対面鑑定・Zoom鑑定でお待ちしています(^^)
୨♥୧ 対面鑑定のご予約はこちらから➳♥
୨♥୧ Zoom鑑定のご予約はこちらから➳♥
୨♥୧ 原宿ほしよみ堂 出演スケジュール

୨♥୧ 原宿ほしよみ堂のホームページでもブログ更新中です♬






