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あぐり

「人間が嫌いなんです」 地天泰三爻が告げる「絶望の奥に回復の芽はあるのか」

「私は人間が嫌いです。
強欲で、嫉妬深く、自分勝手なのです。
自分自身も嫌いです。
人類なんて滅んだほうがいいとさえ考えてしまいます。
どうやって生きていったらいいのか分かりません」

今回は、このような深いご相談をいただきました。

人間が嫌いになる。
それは、ただの気まぐれな感情ではありません。

そこにはきっと、何度も傷ついてきた経験があるのでしょう。
信じた人に裏切られたこと。
正直であろうとした人ほど損をして、ずるい人が得をしているように見えたこと。
誰かの嫉妬や支配欲、身勝手さに振り回されてきたこと。

そういうものを見すぎると、人はだんだん、世界そのものに疲れてしまいます。

そして、やがてこう思ってしまうのです。

「人間なんて、ろくなものではない」
「自分もその人間の一人なのだから、自分も嫌いだ」
「こんな世界なら、いっそ滅んでしまえばいい」

この言葉は、とても激しいものです。

けれど私は、この言葉の奥に、ただの憎しみだけがあるとは思いません。

むしろそこには、深い悲しみがあります。

本当は、人間にもっと美しくあってほしかった。
本当は、誰かを信じたかった。
本当は、自分自身のことも、もう少し肯定したかった。

けれど現実の人間の醜さを見て、心が耐えきれなくなってしまった。
その痛みが、「人間が嫌い」という言葉になって出てきているのではないでしょうか。

この問いに対して易を立てたところ、出た卦は、
地天泰(ちてんたい)三爻 でした。

地天泰は、本来「泰平」「安定」「調和」を表す卦です。

天の気が下へ降り、地の気が上へ昇る。
天地が交わり、陰陽が通じ合う。
ものごとが滞らず、流れが生まれ、世界に調和が戻っていく。

一見すると、とても良い卦です。

けれども、三爻には少し厳しい言葉があります。

平らかなるものにして陂かざるはなく、
往くものにして復らざるはなし。

これは、
平らなものも、いつかは傾く。
去っていくものも、いつかは戻る。
という意味です。

つまり、地天泰三爻はこう告げているのです。

この世に、永遠に安定したものはない。
けれど、永遠に悪いままのものもない。

人間には、たしかに醜い面があります。

強欲。
嫉妬。
自己中心。
見栄。
支配欲。
弱い者への攻撃。
都合の悪いことから逃げる心。

それらは決して、見ないふりをすれば消えるものではありません。

けれども、地天泰三爻は、そこで世界を一刀両断に裁いてはいけない、と告げています。

人間は醜い。
けれど、人間は醜いだけではありません。

誰かのために黙って耐える人もいます。
見返りを求めずに手を差し伸べる人もいます。
自分も傷ついているのに、他人の痛みに気づく人もいます。
美しいものを見て涙を流す心もあります。
過ちを犯したあとで、悔い改めようとする人もいます。

人間は、善だけでできているわけではありません。
けれど、悪だけでできているわけでもないのです。

ここが、地天泰三爻の大切なところです。

この卦は、人間をきれいごとで飾りません。
「人間は素晴らしい存在です」と、軽く慰める卦ではありません。

むしろ、こう言っています。

良いものの中にも、崩れの芽はある。
悪いものの中にも、回復の芽はある。

だから、今あなたが人間を嫌いになっていることにも、意味があります。

それは、あなたの心が冷たいからではありません。
むしろ、あなたが人間の醜さに対して鈍感でいられない人だからです。

本当に何も感じない人なら、ここまで苦しまないでしょう。
人間に何の期待もしていない人なら、ここまで絶望しないでしょう。

「人間が嫌いだ」と叫ぶ心の奥には、
本当は、まだ人間を諦めきれない心があります。

人間に、もっと誠実であってほしかった。
人間に、もっと優しくあってほしかった。
自分自身にも、もっと清らかでありたかった。

その願いが深いからこそ、現実との落差に苦しんでいるのです。

では、どうやって生きていけばいいのでしょうか。

まず、無理に人間を好きになろうとしなくていいのです。

「人を愛しましょう」
「感謝しましょう」
「前向きに考えましょう」

そういう言葉が、今のあなたには苦しく欺瞞的に響くでしょう。
それなら、今はその言葉を無理に受け入れなくてもいい。

人間が嫌い。
自分も嫌い。
そう感じている今の心を、まず否定しないことです。

ただし、その感情を「世界の真理」にしないこと。

ここが大切です。

今、あなたの心は深く傷ついています。
だから世界が暗く見えている。
人間の醜さばかりが目に入っている。
自分の欠点ばかりが大きく見えている。

でもそれは、世界のすべてではありません。

それは、今の心の天候なのです。

雨の日に、空全体が永遠に灰色だと思ってしまうことがあります。
けれど、雲の上には陽があり、季節は少しずつ巡っていきます。

地天泰三爻は、まさにそのことを告げています。

傾いたものは、また戻る。
去ったものは、また帰る。
絶望に沈んだ心にも、回復の道は残されている。

だから今、あなたがすべきことは、壮大に人類を許すことではありません。

人間全体を愛そうとしなくていい。
世界全部を肯定しようとしなくていい。
自分を立派な人間にしようと、無理に頑張らなくていい。

まずは、今日一日を壊さずに生きることです。

温かいお茶を飲む。
窓を開けて、外の空気を吸う。
朝の光を見る。
静かな音楽を聴く。
誰とも話したくない日は、無理に話さない。
自分を責める言葉が浮かんだら、「今は疲れているのだ」と受け止める。

それだけでいいのです。

地天泰という卦は、大きな平和だけを意味するものではありません。
心の中で、天と地がほんの少し通じること。
閉じきった胸に、小さな風が通ること。
それもまた、泰なのです。

人間の醜さを知った人は、軽い希望には戻れません。
けれど、深い希望へ進むことはできます。

それは、
「人間は素晴らしい」と無邪気に信じることではありません。

そうではなく、
「人間には醜さがある。自分にもある。
それでも、その醜さだけで全部を決めつけない」
という、静かな成熟です。

この成熟は、簡単なものではありません。
けれど、そこに立てたとき、人は少し自由になります。

誰かの醜さを見ても、世界全体を呪わなくて済む。
自分の弱さを見ても、自分という存在そのものを滅ぼさなくて済む。
人間の不完全さを知りながら、それでも小さな善意を選ぶことができる。

それが、地天泰三爻の教えてくれる生き方です。

もし今、本当に苦しくて、自分や誰かを傷つけそうなほど追い詰められているなら、どうか一人で抱え込まないでください。
信頼できる人、専門の相談窓口、医療やカウンセリングにつながることは、弱さではありません。
命を守るための、現実的で尊い知恵です。

あなたが今、人間を嫌いだと思うこと。
それは、あなたの心が壊れている証拠ではありません。

人間の醜さに深く傷ついた証です。
そして、その傷の奥には、まだ人間の美しさを求めている心があります。

地天泰三爻は、あなたにこう告げています。

この世に完全な平和はない。
けれど、完全な絶望もない。

人間は醜い。
けれど、醜いだけではない。

あなたもまた、嫌悪や怒りだけでできている人ではありません。
その奥には、まだ傷つくほど繊細な心があり、失望するほど真剣な願いがあり、世界に美しさを求める魂があります。

だから今は、無理に人を好きにならなくていい。
無理に自分を好きにならなくてもいい。

ただ、自分の中に残っている小さな火まで消してしまうことは自己欺瞞ではありませんか。

人間を嫌いになったその心の奥にも、
まだ、滅びではなく回復を願う光が残っています。

それが事実ではありませんか?

その現実の光を守ること。
それが、今あなたにできる、いちばん静かで、いちばん尊い生き方なのです。

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