巫古都 カルナ
目に見えない世界と、私なりの付き合い方

巫古都カルナです。
今日は私の目に見えない世界との向き合い方、考え方について書いてみたいと思います。
私は20歳の時にその頃の自分にはとても衝撃的な体験をしてから
敏感すぎる自分をどうにかしたくて、まずは自分を整えるため
その後は、辛かった時に助けてくれた人達に恩返しをするため
同じ様に辛い気持ちの人をサポートできる自分になるため
癒しの手法や自分のエネルギーを守る方法、セラピー、占い、カウンセリング、ヒーリング、スピリチュアル、福祉分野、メンタルケア、代替ケア、神事、舞…etc
様々な学びをして来ました。
目に見えない世界って本当にあるんだと感じた
驚きの体験については
↓
学びは自分を整えるためにすごく役立ちましたし、それがあるから今の仕事に活かせています。
学ぶ事が大好きなので、これからも何かしら学び続けると思います。笑
(今は様々な占術を吸収したいです)
スピリチュアルな学びも沢山して来ましたし、神様、神社のキーワードもすごく惹かれます。
(そうではないと巫女舞は舞わないと思いますが)
自分の感覚の中で、何かに導かれてるな、守られてるな、あたたかいな、そんな風に感じる事もあります。
そんな自分の感覚を信頼すると同時に
目に見えない世界を盲信しすぎない様にも気をつけています。
個人的にはその様な世界はあると感じています。
ですが、同時に、例えば科学の力で
100%そんなものはない!と証明されたとしても別に良いと思っています。
究極は、今を生きる人の役に立つなら何でも良いと思っているからです。笑
目に見えない世界の概念は
性質上、とても支えになる反面、今の自分と向き合わない都合の良い言い訳にしてしまったり、逃げる口実にもしてしまいやすい側面がある様に感じています。
逃げたくなったり、何かのせいにして言い訳したくなったり、決してそれは悪いだけじゃなくて、時に必要な事もありますが
ずっとそれが当たり前になってしまうと、自分の人生を何かや誰かに預けてしまうという危険性もあると感じます。
元々、私達は目に見えない存在です。
そんな私達がわざわざ肉体を借りてこの現実に降りて来て、この世界で経験を積んでいます。
今の自分の人生、自分で舵を取り
自分らしい人生を歩んでほしい。
占いも、スピリチュアルも、神社参拝も
自分と向き合い、自分を知り、進んでいくためのひとつのツール(道具)だと思います。
道具にうっかり使われる事なく、道具を上手に扱いながら人生という大海原を
頼もしい羅針盤を持ち、航海してほしいなと思っています。






