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星 叶夢

星 叶夢(ほし かなむ)
ほしよみ堂大阪梅田店所属

なぜ私は、40年ぶりの済州島から帰りたくなくなったのだろう

私は、在日韓国人2世で

日本で生まれ、日本で育ちました。

 

年齢的に2世は珍しいのかもしれません。

 

両親ともに、韓国より日本で暮らした年月の方が長くなりました。

 

父は幼い頃、兄を見送りに行った時、

 

「一緒に行くか?」

 

そう聞かれて頷き、韓国を離れたそうです。

 

父が韓国語を話しているところを、私はあまり覚えていません。

 

もともと寡黙な人でした。

 

母は日本で生まれ、家庭の事情で韓国の祖父母に預けられて育ち、その後また日本へ戻ってきました。

 

そんな両親のもとで生まれた私は、差別を受けた経験もあります。

 

両親は、現金を用意していたにもかかわらず、家を売ってもらえなかったことがありました。

 

けれど母は後になって、

「あの家じゃなくて良かった」

と言っていました。

 

そこから5分ほど離れた場所にあるのが、現在の実家です。

 

 

私自身も、就職の時に国籍を理由に内定を取り消された経験があります。

 

それでも私は、不自由なく生きてきたと思っています。

 

「冬のソナタ」が大ブームになった頃。

「ヨン様〜🩷」

 

と夢中になっている人たちを見ながら、私はどこか複雑な気持ちでした。

 

韓国人への差別を経験してきた私には、韓流ブームを素直に受け入れられないような

 

反発に似た気持ちがあったのかもしれません。

 

そんな私が昨年、初めて「冬のソナタ」を観ました。

 

そして先日。

40年ぶりに、韓国・済州島へ行ってきました。

 

不思議でした。

 

居心地が良すぎるのです。

 

日本へ帰りたくない。

 

何故か懐かしい。

 

父は「康家」の18代目。

7人兄弟の末っ子です。

 

そして母は「李家」。

李王朝の血筋です。

 

時代が違えば、父と母は結婚どころか、姿を見ることさえできなかったかもしれません。

 

「すごい組み合わせやなぁ」

 

これは母が喜ぶ、我が家のジョークです。

 

韓国では、父の姓を継ぎ、結婚しても姓は変わりません。

 

だからこそ、家のつながりや血筋がわかります。

 

そう考えると、

私はどこにつながっているんだろう?

 

そんなことまで考えるようになりました。

 

40年前に済州島を訪れた時は、叔父も叔母も元気でした。

 

叔父の家は済州島の中でも田舎にあり、道もまだ舗装されていませんでした。

 

家から歩いて5分ほどで海。

いとこたちは手にモリを持って海へ行く。

 

冷蔵庫はあるのに、なぜか飲み物はぬるい(笑)

 

バスに乗って市内へ行ったり、韓国で一番高い山、漢拏山(ハルラサン)にも麓から登りました。

 

済州島には2回行っています。

 

ところが2回目の記憶で一番鮮明なのは、

ビールを飲んで酔っ払い、夜、いとこたちと騒いで雑魚寝したこと。

楽しかった。

 

だけど、嫌な思いもしました。

 

在日韓国人は、韓国人じゃない。
当然、日本人でもない。

 

当時の私は、そんなふうに感じていました。

 

入出国の時、韓国語が十分に話せない私に、韓国語だけで話しかけられたり、

通りすがりに、

「なんや、日本人か」

そんな意味の言葉を言われたこともありました。

 

悔しかった。

 

私は、どこの国に属しているんだろう。

そんな気持ちになったこともあります。

 

それなのに40年後。

同じ済州島で、

私はなぜ、こんなにも居心地が良かったのでしょう。

 

韓国語は、聞けばなんとなく分かります。

 

でも済州島には方言があって、ドラマで聞く韓国語とはまた違う。

 

このあたりは、日本と同じですね。

 

食事も、観光客向けのものより現地の人と同じものを食べる方が好き。

 

むしろ、その方が美味しい。

 

 

40年の間に済州島はすっかりリゾート地になり、景色も大きく変わりました。

 

叔父の家は、外から見ると昔のままでした。

 

なのに、周りは別世界。

 

年齢のせいでしょうか。

今回の旅がお墓参りを目的にしていたからでしょうか。

 

それとも――。

済州島の海。

磯の香り。

絶えず吹いている風。

 

海を眺めていると、なぜか胸の奥から慕情のようなものが込み上げてきました。

 

「わたしのルーツは、ここにある」

そう感じたのです。

 

日本で生まれ、日本で育った私が、なぜそう感じたのか。

 

DNAに刻まれた何かなのか。

 

ただの懐かしい記憶なのか。

 

今の私には分かりません。

 

でも、不思議なことや、説明できない気持ちを、無理に答えにしなくてもいいのかもしれません。

 

40年ぶりの済州島で感じた、この気持ち。

まだ、うまく言葉にはできません。

 

ほしよみ堂大阪梅田店 星 叶夢

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