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巫古都 カルナ

【巫古都カルナ】「正しさ」の先にあるもの

占いや舞、さまざまな学びに触れる中で、最近感じていることがあります。

それは、

何かを深く学び、研究し、突き詰めてきた人ほど「これが正しい」という思いが強くなりやすい

ということです。

もちろん、それ自体は悪いことではありません。

たくさん学び、実践し、失敗し、試行錯誤を重ねてきたからこそ辿り着いた答えです。

その経験から得た信念や考えを伝えることは、とても価値のあることだと思います。

ですが時々、

「それは違う」

「それではだめだ」

「こうあるべきだ」

という形で、自分の答えを絶対的なものとして語ってしまう場面を見かけます。

そんな時、私は少し違和感を感じます。

なぜなら、その人にとっての真実が、必ずしも全員にとっての真実とは限らないからです。

 

今の正解と、絶対の正解は違う

学びを深めていくほど、

「私はこう思う」

「私はこれが正しいと感じる」

という軸を持つことは大切です。

軸がなければ、人に伝えることもできません。

ですが同時に、

「もしかしたら別の視点もあるかもしれない」

「私には見えていないものを、この人は見ているのかもしれない」

そんな余白も持っていたいと思うのです。

なぜなら、成長とは新しい視点に出会うことでもあるからです。

自分の考えだけが正しいと思った瞬間、人は知らず知らずのうちに学びを止めてしまいます。

 

その人の正しさと好みは意外と近い

私は時々、正しさというものは好みに似ているなと思います。

例えば公園で遊ぶ子どもたち。

砂場が好きな子もいれば、

ブランコが好きな子もいる。

滑り台が好きな子もいる。

どれが正しい遊び方でしょうか。

きっとどれも正解です。

その子に合っているから、その遊びを楽しんでいるだけ。

人生や学びも、それに少し似ている気がします。

ある人には厳密な式が合う。

ある人には自由な表現が合う。

ある人には理論が必要で、

ある人には感覚が必要。

もちろん向き不向きや相性はあります。

けれど、それを超えて「絶対にこれだけが正しい」と言い切れるものは、意外と少ないのかもしれません。

 

占いから教わったこと

私が占いを学んでいて面白いと感じるのは、

同じ出来事を見ても、人によって解釈が違うことです。

同じ命式や数字を見ても、

占い師によって着目するポイントが違うことがあります。

それでも、どちらもその人なりの真実だったりします。

違うからこそ面白い。

違うからこそ学べる。

違うからこそ世界は豊かになる。

 

柔軟さという知性

自分の考えを持つことと、柔軟であることは両立できると思っています。

むしろ本当に成熟した人ほど、

自分の信念を持ちながらも、

他者の考えを否定せず、

新しい可能性に心を開いているように感じます。

「私は今こう考えている」

「でも、別の見方もあるかもしれない」

そんな姿勢は弱さではなく、むしろ強さなのではないでしょうか。

学び続ける人でありたい。

成長し続ける人でありたい。

だからこそ私は、自分なりの答えを大切にしながらも、答えをひとつに決めつけない人でいたいと思います。

 

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