芽百マミム
反抗期は親への攻撃じゃない。それなのに、なぜ私たちは一番愛している子どもに、一番ひどい言葉をぶつけてしまうのだろう」
中学一年生、初めての夏休み
友達の家へ泊まりに行き、思いきり遊んで帰ってきた娘は、玄関を開けるなり、そのままソファで眠ってしまった。
私は起こさなかった。
「疲れたんだろうな。」
そう思ったから。
でも夜中。。。
目を覚ました娘が最初に手にしたのは、私でも、お風呂でも、水でもなかった。
携帯電話だった。
画面を見つめる横顔を見た瞬間、私の中で何かが切れた。
「お風呂入りなさい」
返事はない。
「明日は朝早く部活の遠征でしょ?」
返事はない。
頭に浮かんだのは、少し前の出来事だった。
同じように夜更かしをして、翌朝は寝坊して
集合時間に間に合わず、部活を休んだこと。
あの日の悔しそうな顔を見て、「次は気をつけようね」と話したはずだった。
なのに、また同じことを繰り返そうとしている。
私は携帯に制限をかけた
すると娘は怒鳴った
「制限するなら、お風呂入らない!」
私も怒鳴り返した。
「意味が分からない!」
気づけば親子で怒鳴り合い
その夜、どちらも負けない
どちらも譲らない
でも思う。
私は本当に携帯に怒っていたんだろうか
違う
怖い
このまま生活リズムが崩れたらどうしよう
約束を守れない子になったらどうしよう
楽なほうばかり選ぶ大人になったらどうしよう
親の怒りの正体は、案外「心配」なのかもしれない。
一方で子どもも、自分では説明できない
遊びたい
スマホを見たい
自由でいたい
それが悪いことだと分かっていても、感情が勝ってしまう年頃
だから親子はぶつかる
どちらも間違っていない
でも、どちらも正しいとも言い切れない。
子育てで苦しいのは、「言えば伝わる」が通用しなくなる瞬間
小さい頃は「お風呂入るよ」で動いた
「歯磨きしよう」で笑ってついてきた
でも思春期は違う。
親の言葉より、友達との時間
親のルールより、自分の気持ち
それが成長だと頭では分かっていても、心は追いつかない。
「なんでやらないの!」
と怒るたびに、
本当はこう叫んでいる。
「あなたが心配なの!」
だけど、その言葉は怒鳴り声の中に消えてしまう。
シングルマザーは一人で背負うことが多い
だから余裕がなくなる
仕事もある
家事もある
お金の心配もある
その上、思春期の反抗まで受け止めるのは簡単じゃない。
イライラして当然の日もある
「もう知らない!」
そう思う日があってもいい
でも、親だからこそ忘れたくないことがある
子どもは親を試しているわけじゃない
親を困らせたいわけでもない
親から少しずつ離れ、自分という人間をつくろうともがいている最中
だから今日のケンカは、親失格の証拠じゃなく
子ども失格の証拠でもない。
親も成長途中
子どもも成長途中
その途中でぶつかるのは、決して失敗ではない。
いつか娘が大人になったとき、
「あの時、お母さんも必死だったんだね」
そう笑って話せる日が来たら、それだけで十分なのかもしれない。
子育ては、思い通りに育てることではない
思い通りにならない毎日の中で、親も一緒に育っていくことなのだから(*´꒳`*)
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