あぐり
自分の気持ちがわからない――ソードの2が示す「本音を見ないことで守っているもの」
「自分が何を感じているのか、わからないんです」
そんなご相談がありました。
相手のことが好きなのか、もう離れたいのか。
今の仕事を続けたいのか、辞めたいのか。
本当は怒っているのか、悲しいのか、それとも何も感じていないのか。
考えれば考えるほど、気持ちは遠ざかっていく。
自分の心のことなのに、まるで深い霧の向こうにあるようで、手を伸ばしても触れられない。
この問いに対してタロットカードを引いてみると、現れたのは「ソードの2」でした。
「わからない」のではなく、見ないようにしている
ソードの2には、目隠しをした人物が描かれています。
両手には二本の剣を持ち、胸の前で交差させています。
どちらにも進まず、静かに均衡を保っている姿です。
このカードが表しているのは、単純な優柔不断ではありません。
むしろ、心を守るために外からの情報を遮断し、自分の感情さえ見ないようにしている状態です。
つまり、「自分の気持ちがわからない」のではなく、
本当の気持ちを知ってしまうことが怖い
のかもしれません。
本当は嫌なのかもしれない。
本当はもう疲れているのかもしれない。
本当は離れたいのかもしれない。
あるいは、本当はまだ好きなのかもしれない。
しかし、その気持ちを認めてしまえば、何かを決めなければならなくなります。
関係を変える。
環境を離れる。
誰かを失望させる。
これまでの自分の選択が間違っていたと認める。
そうした現実が怖いからこそ、心は「わからない」という場所にとどまろうとするのです。
気持ちを感じる前に、頭で否定していないか
ソードは、思考や判断、言葉を象徴するカードです。
ソードの2に描かれた二本の剣は、相反する二つの考えを表しています。
「もう離れたい」
そう思った直後に、
「でも、相手にも事情がある」
と考える。
「本当は腹が立っている」
そう感じた途端に、
「私の心が狭いだけかもしれない」
と打ち消してしまう。
「別の道へ進みたい」
そう願いながら、
「今さら変わっても遅い」
と自分を止める。
このように、感情が生まれた瞬間に、思考が反論してくることがあります。
感じる前に考え、
傷つく前に否定し、
望む前に諦めてしまう。
すると、自分の本音が何だったのか、次第にわからなくなっていきます。
気持ちがないのではありません。
気持ちを感じるたびに、頭の中で裁判を開いているのです。
感情に「正しさ」を求めなくてもいい
自分の気持ちを知ろうとするとき、私たちはつい、正しい答えを探そうとします。
好きなのか、嫌いなのか。
続けたいのか、辞めたいのか。
許すのか、許さないのか。
しかし、人の心は、そのようにきれいに二つへ分かれるものではありません。
好きだけれど、疲れている。
大切だけれど、離れたい。
感謝しているけれど、許せない。
挑戦したいけれど、怖い。
矛盾する感情が同時に存在することは、決しておかしなことではありません。
感情は、判決ではありません。
白か黒かを決める必要もなければ、立派な答えにまとめる必要もありません。
まずは、
「本当は少し嫌だった」
「本当は寂しかった」
「本当は腹が立っていた」
「本当は期待していた」
その程度の小さな言葉でよいのです。
気持ちは、正しいかどうかではなく、そこにあるかどうかです。
決めないことも、一つの選択である
ソードの2は、今すぐ決断するよう迫るカードではありません。
無理に答えを出すよりも、まずは心がなぜ動けなくなっているのかを見つめる必要があります。
ただし、このカードには注意すべき側面もあります。
「まだわからない」
「もう少し考えたい」
「今は決められない」
そう言いながら、いつまでも現状を凍結させてしまうことです。
決めないことは、何も選んでいないように見えます。
しかし実際には、今の状態を続けることを選んでいます。
ソードの2が問うているのは、
「どちらが正しいか」
ではありません。
どちらを選んだとき、自分はより自分らしくいられるのか
ということです。
「何を望むか」より先に、「何が怖いか」を見る
どうしても自分の気持ちがわからないときには、無理に答えを出そうとしなくても構いません。
代わりに、こう問いかけてみてください。
「どちらを選ぶことが怖いのだろう」
「本音を認めたら、何が変わってしまうのだろう」
「誰を失望させることを恐れているのだろう」
「何を守るために、私は動けずにいるのだろう」
「わからない」という言葉の奥には、しばしば恐れがあります。
気持ちが見えないのではなく、見えたあとに起こることが怖いのです。
だからこそ、心を無理にこじ開ける必要はありません。
まずは、その目隠しが自分を何から守ってきたのかを知ることです。
心の扉の前に、静かに座る
ソードの2は、心を失った人のカードではありません。
むしろ、心が傷つかないように、剣を構え、目を閉じ、必死に守ってきた人のカードです。
だから、今必要なのは、自分を責めることではありません。
「どうして私は決められないのだろう」
「どうして自分のことさえわからないのだろう」
そう責めれば責めるほど、心はさらに口を閉ざします。
心の扉を無理に開こうとするのではなく、その前に静かに座ってみてください。
そして、自分自身にこう伝えるのです。
どんな気持ちが出てきても、私はそれを否定しない。
怒りでもいい。
嫉妬でもいい。
弱さでもいい。
未練でもいい。
感じてはいけない感情などありません。
自分の気持ちがわからないとき、心は空っぽなのではありません。
その奥には、まだ言葉になっていない思いが、静かに息を潜めています。
ソードの2は、その思いをすぐに決断へ変えることではなく、まず安全な場所へ迎え入れるよう告げています。
本音とは、力ずくで暴くものではありません。
否定されないとわかったとき、心のほうから、ゆっくりと語り始めるものなのです。






