巫古都 カルナ
【巫古都カルナ】自分を変えるのではなく、自分へ還る

私は、古神道や神道にとても惹かれ数年前より学びを続けています。
不思議なことに、妊娠・出産を経験してから、
自分の中で何かが変わったのか、
神社参拝に誘われる事が増え
それまで以上に日本の神道や古神道の世界に心惹かれるようになりました。
神道について学んでいく中で、
私が好きだなと思うもののひとつが、
「和合」
という感覚です。
日本には、クリスマスがあり、
お正月があり、
バレンタインがあり、
さまざまな文化や習慣が存在します。
それぞれのものを、
「これは違う」「こちらが正しい」と排除するのではなく、
良いものは柔軟に受け入れ、
自分たちの文化の中に溶け込ませていく。
もちろん、それが時には
「優柔不断」に見えたり、
何かをはっきり決められないことによって
損をすることもあるのかもしれません。
けれど私は、
そんな日本人の柔軟さや、
異なるものを受け入れながら調和していく感覚が好きです。
違うものが、違うまま存在しながら、
ひとつの世界の中で共存していく。
それは、私が大切にしたい
「調和」というものにもつながっています。
そして、神道の言葉で私が好きなのが、
「祓い清め」
という言葉です。
「祓い清め」と聞くと、
悪いものを取り除くこと。
邪気や不要なものを消すこと。
そんな「浄化」のイメージを持つ方も
いらっしゃるかもしれません。
けれど実はそういった意味ではなく
ただ何かを消してしまうことではありません。
余分なものを祓い、
本来の姿へ還っていく。
自分の中にある、
本来の自分ではないものを少しずつ手放していくことで、
「本当の自分」に戻っていく。
「祓い清め」にはそういった
深い意味があります。
人は生きていると、
いつの間にかたくさんのものを身につけます。
こうしなければいけない。
こうあるべき。
嫌われてはいけない。
失敗してはいけない。
ちゃんとしなければいけない。
周りに合わせなければいけない。
そうやって、
本来の自分の声よりも、
周りから受け取った価値観や、
過去の経験から作った思い込みのほうが
大きくなっていくことがあります。
でも、それらをひとつひとつ見つめ、
必要のなくなったものを手放していくと、
「ああ、本当は私はこうしたかったんだ」
「本当は、こんなふうに生きたかったんだ」
と、自分の奥にあるものが
少しずつ見えてくる。
それは何か新しい自分になるというより、
もともと自分の中にあったものに還っていくこと
なのかもしれません。
だから私にとって、
舞も、占いも、祓い清めも、
実はすべてつながっています。
占いは、
未来を決めてもらうためのものではなく、
今の自分を知り、
自分の本当の望みや可能性に気づいていくためのもの。
舞は、
誰かに評価されるために踊るのではなく、
呼吸し、身体を動かし、
自分の内側にあるものを感じ、
言葉にならないものを表現しながら、
本来の自分へ還っていくもの。
そして、祓い清めは、
余分なものを手放し、
自分の中にある本来の光を取り戻していくこと。
そう考えると、
私がこれまで学んできたことも、
一見すると別々に見えていたものが、
少しずつ一本の線につながっていくように感じます。
人は、本来、
自分だけで完結している存在ではないのかもしれません。
天があり、
地があり、
人がいる。
天と地と人。
それぞれが本来の姿で在りながら、
互いに影響し合い、
支え合い、
調和していく。
私は、
「天も地も人も、本来の姿で、すべてが調和している」
そんな世界観に惹かれています。
だから、誰かを変えたいわけではありません。
誰かを私の考える「正しい場所」へ連れていきたいわけでもありません。
その人自身の中にあるものを、
その人自身が見つけていく。
余分なものを祓い、
本来の自分へ還っていく。
そして、その人が本来の姿で生き始めたとき、
自分自身との調和が生まれ、
やがて周りとの調和にもつながっていく。
そんな循環を、
私は舞や占いを通して
そっとお手伝いできたらと思っています。
本来の姿に還る。
それは、
何か特別な人になることではなく、
「本当の自分であること」を
思い出していくこと。
私にとって舞も、
占いも、
そのためのひとつの「道」なのだと思っています。
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