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芽百マミム

「名前を忘れても、私の手にはちゃんと残っていた…昔は私たちを待っていたばあちゃんのところへ、今度は私たちが会いに行く」

帰省して、母方の祖母が入っている施設へ会いに行ってきました。

今年は兄も一緒に
家族みんなで、ばあちゃんに会いに行った。

顔を見た瞬間、

「ばあちゃん、ミムだよ
わががっか?」
って聞いてみた。

すると、
「ミムがぁ……わがる」
そう言ってくれた。

その言葉が、なんだか胸に残った。

母から聞いていた話では、面会に行くと
「金髪の、いつも来る人」
ということは分かっているらしく
でも、それが自分の娘だというところまでは、もう分からないこともあるらしい

認知症
分からないことを聞くと

「わがらね」
と答えるばあちゃん。

だから今回も、きっと私のことは分からないだろうと思っていた。

それでも、
「ばあちゃん、ミムだよ」
って声をかけた。
すると、
「ミムがぁ……わがる」
その一言。
たったそれだけなのに
「あぁ、覚えてるんだ」
って…

嬉しいような
切ないような
なんとも言えない気持ちになった。

もちろん、本当に私のことをどこまで分かっていたのかは分からない

言葉に反応しただけかもしれない
心の奥で分かっていたのかもしれない
それは、ばあちゃんにしか分からない

でも私は、
「分かってくれた」
そう思うことにした

記憶って不思議だ
顔が分からなくなっても、名前の一部が残っていたり
昔のことは覚えているのに、昨日のことは分からなかったり
何が残って、何が消えていくのか
本人にも分からないのかもしれない

そして、ふとばあちゃんの手を握った

冷たかった
「寒い」
とも言っていた。

歳を重ねると、体温調節がうまくできなくなって、寒さを感じやすくなることもあるらしい

そんなことも知らなかった。

昔の私は、ばあちゃんの手なんて、そんなに意識して見たことがなかった。

でも今回、握った手を見て思ったの

私の手、ばあちゃんの手にすごく似てる

指の感じも
手の形も
なんだか似ている  

占い師になる前は、手相なんて気にしたこともなかったけど

でも、今の私は違う

ばあちゃんの手を見て、
「どんな線があるんだろう」
って、自然と手相を見ていた

すると右手には
立派な生命線と運命線
それを見た瞬間
なんだか笑ってしまった。 

「ばあちゃん、やっぱり強いんだなぁ」
って

私が今、こうして手相を見る仕事をしていることも、

なんだか不思議な縁を感じた

ばあちゃんの手に刻まれた線
そして、その手によく似た私の手

もしかしたら、
受け継いだのは顔や手の形だけじゃないのかもしれない

生きてきた時間も
強さも
考え方も
知らないうちに、何かを受け取っているのかもしれない

昔のばあちゃんは、いつも家にいて
「おかえり」
って私たちを迎えてくれた。

手料理を作って、
私たちが帰ってくれば、当たり前のようにご飯があった。

そこには、ばあちゃんの笑顔があった

今はもう、
あの家で私たちを待っているばあちゃんはいない
料理を作って待ってくれるばあちゃんもいない。

時が経つって、
こういうことなんだなと、しみじみ思いました

昔は、私たちがばあちゃんのところへ行けばよかった。

今は、私たちが施設へ会いに行く…

立場が変わった
時間が変わった

ばあちゃん自身も変わった

でも、
家族みんなで集まって
ばあちゃんのそばに座って
くだらない話をして…

その時間は、なんだか嬉しそうだった。

全部を理解できなくてもいい
私たちのことを完璧に覚えていなくてもいい

そこにいる

声を聞く
顔を見る
手を握る
一緒に笑う
それだけでも、きっと何かは届いている

そんな微笑みを感じたと母は言っていた

認知症
それは、いつ誰がなるか分からない

「自分は大丈夫」
なんて、誰にも言えない

記憶が少しずつなくなっていくことは、やっぱり切ないこと

家族の名前を忘れることも
昔の出来事を忘れることも
自分が大切にしてきたものまで、少しずつ分からなくなることもある。

見ている側も、胸が苦しくなる

でも今回、ばあちゃんに会って思った

記憶がなくなっていくからといって、その人との時間までなくなるわけじゃない

私たちの中には、ちゃんと残っています

ばあちゃんが作ってくれたご飯
家で待っていてくれた姿
笑った顔
一緒に過ごした時間

それは、ばあちゃんが忘れてしまっても、私たちが覚えています

だから、
覚えている人が
覚えていない人の分まで覚えていればいい

そう思った時間だった

そして、
「ばあちゃん、ミムだよ」
と言った時の、
「ミムがぁ……わがる」
という言葉
声は変わらないし言い方もあの頃のままだった

私はきっと忘れない

帰省して、家族みんなでばあちゃんに会いに行けてよかった。

昔のように、ばあちゃんが私たちを待っている場所ではなくなったけれど

今度は私たちが、
「ばあちゃん、会いに来たよ」
って会いに行く…

それもまた、家族なんだと思う。

帰り道、
少し寂しくて、
でも、どこか温かかった

そして自分の手を見た
ばあちゃんに似た手。
その手には、私の知らないところで、ちゃんとつながっているものがある。

ばあちゃんの右手に刻まれていた、立派な生命線と運命線は
占い師になった今だからこそ、気づけたことだった。

人生って、線を読むだけじゃない。

その線を刻んできた人の人生を知ることなのかもしれない。

ばあちゃんが生きてきた時間
私がこれから生きていく時間

その間には、ちゃんと一本の線がつながっています

会える時に、会いに行く
当たり前に思っている時間ほど、本当は当たり前じゃないから。

ばあちゃん、
今日は会えてよかった

ミムだよ
また会いに行くね(´꒳`)

装いから開運に導く三姉妹ママの占い師 ❤️新しい発想❤️忍耐力と努力は自分の中にある❤️優しさと思い遣りの違い❤️メガネは最強アイテム❤️原宿ほしよみ堂対面❤️未来を当てるではなく人生を整える発信❤️LINE❤️

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