曽我部 キキョウ
世界は人の手の中にある? ~なぜ日本のホラーは静かなのか
ホラー映画というと
どのようなものを思い出しますか。
ある人は、ゾンビなどと人間が闘う
アクションあり、叫びありのもの。
別の人は『リング』や『呪怨』といった
日本の静かな怖さ。
同じホラーでも、趣がずいぶん違います。
例えばゾンビ映画であれば
平和な町にゾンビが出る、
正体や危険性が分かり、
武器を持って倒そうとする。
結果的に、町が平和を取り戻す。
こんな流れが多いのではないでしょうか。
一方の日本の代表的なホラーはどうでしょう。
何かがいる、と気付きます。
けれども、何か分からない。
どうすればいいかも分からず、
確認して、さらに恐ろしくなります。
そして、その何かが完全に消えるかというと
そうとは限りません。
実際に恐ろしいものに遭遇した場合、
どちらの反応が自然なのでしょう。
人は危険を感じるとまず
その対象を確認しようとします。
何をすれば安全なのか見つけるためです。
日本のホラーは、
ここに焦点を当てているのです。
ところが一方のゾンビ映画。
ゾンビは未知のものから危険なものへ、
そして対処できる「敵」へと変わっていくのです。
この流れ、よく考えると、
近代の西洋文明の考え方を
象徴していると思いませんか。
「分からないもの」で終わらせず、
観察、分析をして
原因や法則を見つけて、
そして最終的には制御する。
つまり、こういうことです。
世界は理解できる。
理解できれば、ある程度制御できる。
この自信です。
これは日本も同じです。
西洋の考え方を積極的に取り入れ
発展してきました。
原因究明、解決策、危機管理。
どれも同じような近代西洋の考え方です。
ところが日本には、
「世界は理解できる」という考えと同時に
「人間には理解できないものがある」という
昔ながらの感覚が残っています。
この場所に来ると悪寒がする。
夢枕に親が立って。
神社の木を折ったら、罰が当たる。
こういう日常会話が生きているのです。
昔の怪談を見てみると。
例えば四谷怪談。
お岩さんの幽霊が出た、
では退治しよう、とはなりません。
幽霊を制御する対象とは見ていないのです。
だから日本のホラーは、
分からないものが、分からないもののまま
終わっていくのではないでしょうか。
人の世には、まだまだ未知の存在がある、
世界は全て人の手の中、ではないのだと
日本のホラーは示しているのかもしれません。
選べる道を増やす、もう一つの見方を
曽我部キキョウ

★★出演予定★★
★ほしよみ堂大阪アメ村店★
2026年8月
1日、2日、3日、8日、9日、10日、11日、15日、16日、17日、18日、22日、24日、28日、30日、31日
2026年9月
1日、2日、4日、6日、7日、8日、12日、13日、14日、19日、20日、22日、26日、27日、28日
★ほしよみ堂池袋店★
2026年8月
6日、7日、20日、21日、25日、27日
2026年9月
10日、11日、17日、18日、24日、25日
★★ご予約は各店舗にて承っております★★
★★タロットカードレッスン行っています★★
詳細は下の画像をクリック!
★★過去の記事はこちら★★
ほしよみ堂大阪アメ村店







