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あぐり

「なぜ落ちたのか」を探す前に ――不合格の悔しさを、次へ進む力に変えるために

「どうしても入りたい会社があったんです」

そんなご相談がありました。

その会社に入るために、何年も準備してきた。

必要な勉強をして、

経験を積んで、

応募書類を整えて、

面接の準備もしてきた。

そして選考は順調に進み、

ついに最終選考まで残った。

「ここまで来たなら、もしかしたら」

そう期待したと思います。

けれど、結果は不採用。

しかも、一緒に受けていた友人は合格した。

自分はなぜ落ちたのか。

理由は分からない。

先生にも聞いてみた。

すると、

「気持ちの問題だったのでは」

と言われた。

こういうとき、人はすぐに、

「何が悪かったのだろう」

と原因を探し始めます。

面接の答え方だったのか。

熱意が足りなかったのか。

何か失礼なことを言ったのか。

自己PRが弱かったのか。

そして、

「次に受かるためには何を変えればいいのか」

と考える。

もちろん、それは大切なことです。

でも最近私は、

原因を探す前に、もう一つやることがあるのではないか

と思うようになりました。

それは、

落ちた自分の感情を、きちんと味わうことです。

不合格は「改善課題」である前に「喪失」である

何年も準備してきた会社に落ちる。

これは単なる試験結果ではありません。

そこには、

期待していた未来があります。

その会社で働く自分。

そこで成長する自分。

新しい生活。

新しい人間関係。

「ここまで頑張れば、きっと届く」

と思っていた未来。

不合格になるということは、

その未来が一度、消えるということでもあります。

だから当然、

悲しい。

悔しい。

腹が立つ。

恥ずかしい。

羨ましい。

納得できない。

「なんで私じゃないの」

と思うかもしれない。

友人が合格したと聞けば、

祝いたい気持ちと同時に、

「どうして私は駄目だったの」

という気持ちが出るかもしれません。

そんな自分を見て、

「友達の成功を喜べないなんて、性格が悪い」

と責める必要はありません。

それだけ、

自分も本当に欲しかった

ということなのです。

感情と原因分析を混ぜない

ここで注意したいのが、

感情を感じることと、原因を分析することを混ぜない

ということです。

落ちた直後に、

「原因は何だろう」

と考え始めると、

悲しみや悔しさが、

いつの間にか自己批判へ変わることがあります。

「私の熱意が足りなかった」

「覚悟がなかった」

「もっと自信を持てばよかった」

「やっぱり私は駄目なんだ」

特に、

「気持ちの問題だった」

などと言われると、

目に見えない自分の内面を責め始めてしまうことがあります。

けれど、採用の結果には、

本人には分からない要素もあります。

会社が求めていた人物像。

他の候補者との比較。

配属予定。

経験の組み合わせ。

面接官との相性。

その年の採用事情。

こちらからは見えない条件も、たくさんあります。

だから、

「落ちた」という事実から、すぐに「私には何かが足りなかった」と結論づける必要はありません。

原因分析は、感情とは別に行うものです。

まず、「私は悔しい」と認める

では、感情を味わうとはどういうことでしょう。

何時間も泣き続けることではありません。

無理に前向きになることでもありません。

ただ、

自分の中にあるものを、そのまま認めることです。

悔しい。

悲しい。

羨ましい。

腹が立つ。

認められたかった。

自分も受かりたかった。

ここまでやったのだから、報われたかった。

理由くらい教えてほしい。

「友達は受かったのに」と思ってしまう。

もう一度挑戦するのも怖い。

こうした感情を、

「こんなことを思ってはいけない」

と消そうとしない。

自分の中にあるものとして、

一つずつ言葉にしていきます。

すると感情は、

ただ自分を苦しめるものではなくなっていきます。

感情は、感じることで方向を持ち始める

たとえば、

「悔しい」

という感情をもう少し見てみる。

なぜ悔しいのか。

そこへ本当に行きたかったから。

何年も準備したから。

自分ならできると思っていたから。

つまり悔しさの中には、

「私はここへ行きたかった」

という願いがあります。

悲しさの中には、

「それだけ大切だった」

という事実があります。

嫉妬の中には、

「私もそれを手に入れたかった」

という欲求があります。

感情は、十分に感じていくと、

少しずつその奥にある願いを教えてくれます。

そして、その願いが見えてくると、

初めて次の問いへ進むことができます。

「では、私はこれからどうしたい?」

それでも、もう一度挑戦したいのか

感情を感じたあとで、

もう一度その会社について考えてみる。

それでも行きたいのか。

それとも、

「受かること」そのものに執着していただけなのか。

友人が受かったことで、

意地になっているだけなのか。

あるいは、

やっぱり何度考えても、

「私はここで働きたい」

という気持ちが残るのか。

ここは、とても大切です。

落ちた直後は、

不合格を取り返したいという気持ちと、

本当にその会社へ行きたい気持ちが、

混ざっていることがあります。

だから、一度感情を十分に通ってから、

改めて自分に聞いてみる。

「それでも私は、ここへ行きたい?」

もし答えが「はい」なら、

そこで初めて原因分析の時間です。

原因分析は、自分を責めるためではない

ここからは、

感情ではなく事実を見ます。

前回の応募書類。

面接で聞かれたこと。

自分が答えた内容。

会社が求めている人物像。

これまで積み上げた経験。

そして、

前回から何を変えられるのか。

ここで必要なのは、

「自分の何が駄目だったのか」

ではなく、

「次に届くために、何を変えられるのか」

という視点です。

この相談について以前タロットを引いたとき、

出たのは、

ペンタクル7・逆位置

でした。

ペンタクル7は、

努力し、育て、成果を待つカードです。

逆位置になると、

「頑張っているのに、思った結果につながらない」

「この努力の方向で本当にいいのか」

という問いが出てきます。

だからこのカードを、

「努力が足りない」

と読む必要はありません。

むしろ、

「同じ努力を繰り返す前に、努力の方向を見直してみて」

というメッセージとして読むことができます。

感情を置き去りにした努力は、苦しくなる

不合格になると、

「もっと頑張らなければ」

と思います。

もっと勉強する。

もっと資格を取る。

もっと面接練習をする。

もっと完璧になる。

でも、

落ちた悔しさや悲しさを置き去りにしたまま努力を始めると、

その努力は、

「もう二度と傷つきたくない」

という恐怖から始まってしまうことがあります。

すると、

勉強しても不安。

準備しても不安。

少し失敗すると、

「また落ちるかもしれない」

と怖くなる。

だから、

次へ進む前に一度、

落ちた自分のところへ戻る。

悔しかった。

悲しかった。

本当に行きたかった。

それを自分自身が受け取る。

そのうえで、

「それでも私は、もう一度挑戦する」

と決める。

ここまで来ると、

同じ努力でも意味が変わります。

恐怖から頑張るのではなく、

自分の願いから動けるようになるからです。

感情を感じることは、立ち止まることではない

私たちはつい、

感情に浸っている暇があるなら、

早く次の対策を考えた方がいいと思います。

でも、

感情を感じることは、

前へ進むことの反対ではありません。

むしろ、

感情を置き去りにしないからこそ、その感情を次のエネルギーへ変えていける。

悲しみは、

何が大切だったのかを教えてくれる。

悔しさは、

まだ諦めていない自分を教えてくれる。

嫉妬は、

本当は何が欲しかったのかを教えてくれる。

恐怖は、

それでも進みたいかどうかを問いかけてくれる。

だから、

落ちた理由を探す前に、

一度だけ、

「私は、この結果をどう感じている?」

と自分に聞いてみる。

そして十分に感じたあとで、

今度は冷静に、

「では、次は何を変える?」

と考える。

感情と分析。

どちらか一つではありません。

順番を間違えないこと。

それだけで、

不合格という経験は、

単なる傷ではなく、

次の自分をつくる材料へ変わっていくのだと思います。

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