「くちびるに歌を、こころに太陽を」その1
こんにちは☺️
北九州小倉店のカンパネラ美風です。

なんと!昨日は私のお誕生日なのでありました!!✌️
この歳になりますと、当日お祝いという時間の確保は難しかったりもしますが、
お祝いのメッセージをいただいた皆様、本当にありがとうございました♡
とっても嬉しかったです♡
ということで、今日は少しだけ、占い師カンパネラ美風がどんな人生を歩んできたのかを書いてみようと思います。
私は3人姉妹の末っ子として生まれ、ド田舎で育ちました。
長女は7つ上。
私が小学生1年生の時には姉が中学校1年生でしたので、それはそれは姉の同級生も含めて可愛がられた記憶があります。
でもある日、姉が放った言葉。
「あなたが小さかったから口に入れないようにと、私はビー玉も買ってもらえなかったのよ」
これにはショックを受けました。
大好きな姉が、私のせいで我慢をしていたんだ。
私の存在で誰かが我慢をしていたんだ。
そんな罪悪感を感じたことを今でも覚えています。
また長女は4月1日生まれでしたので、1学年上での生活。
その苦労も近くで見ていました。
両親もたくさん手をかけていたように思います。
慎重で責任感の強い、まさに「長女らしい姉」でした。
そして真ん中の姉はというと、これまた自由奔放。
優秀な姉でしたが、共感力は少し薄め(笑)
私が泣いていると、
「なんで泣いてるの?ばかなの?」
と突き放されることもありました。
ただ、その一方で溺愛もしてくれていて、
「かわいい〜♡」
と気持ちが高ぶると、頭や腕をガブッと噛まれていました(笑)
大胆で、自信満々で、自分の道を迷わず進むタイプ。
結果も出すし、本当に優秀な姉です。
私はそんな真逆な二人の姉を見ながら、
「自分はどうしたらいいんだろう」
「自分はどこに立てばいいんだろう」
そんなことを考えながら育ったような気がします。
そして我が家には、もう一人強烈な存在がおりました。
祖母です。
いわゆる嫁いびりというやつですね。
母が切ない顔でご飯を作っている姿を、子どもながらによく見ていました。
きっと母も見せないように頑張っていたのでしょう。
でも見えないように泣いていた。
それがとても切なかったな。
祖母はよく、
「男の子はまだか」
と言っていました。
さぁ、末っ子の私は責任重大。
3人目こそ男の子だと思われていたのに、生まれたのは女の子。
今思えば時代だったのでしょう。
でも子どもの私は、
「私は望まれていなかったのかもしれない」
そんなふうに受け取っていました。
自分を否定するには十分すぎる材料でした。
……と、今日はここまで。
続きはまた次回に✨
題名の「くちびるに歌を、こころに太陽を」
これはドイツの詩人フライシュレンの詩の一節です。
私がこの言葉にたどり着くまで、あと何話必要だ〜??😂
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