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両親の不仲の中で育った私が占い師として立つまで

私は、両親不仲の家庭で育ちました。

 

少し戸惑いましたが、私の生い立ちを

正直に書いてみようと思います。

 

3人きょうだいの長女として北海道で生まれ育ちました。

 

父は、19歳、母は21歳。

 

私が小学生になった頃から両親の不仲が

気になり始めました。

 

家の空気はいつもどこか重たく、子どもながらに「今日は大丈夫かな」と空気を読むことが当たり前でした。

 

特に父が仕事から帰ってくる時間が怖かったのを覚えています。

 

玄関の音がすると、自然と身体がこわばり、リビングから自分の部屋に入り朝まで出られない暮らしをしていました。

 

父は毎晩お酒を飲み、苛立ちを物を投げつけることで晴らしていました。

 

母には暴力…。

 

両親の激しすぎるほどのケンカが続く中、3人きょうだいの長女だった私は、無意識に色々な場面で

「しっかりしなきゃ」と思っていたのかなと思い出します。

 

本当は不安でいっぱいなのに、弱音を吐く場所が分かりませんでした。

 

中学生の頃、私にとって安心できる場所がありました。

 

それは保健室でした。

 

保健室の先生は、無理に何かを聞き出すわけでもなく、ただそこにいてくれる人でした。

 

保健室に入ると体温計で体温を測り、

ノートに書きます。

 

先生はどんな時も変わらず私を迎えいれてくれました。

 

ですが、大人の先生には私が抱えていた気持ちに気づいていたのかな?(笑)

 

その頃、友達の家へ遊びに行く時間も好きでした。

 

日常の恐怖から逃れることができる

楽しい時間でした。

 

本当に楽しい時間でした。

 

大人になるにつれて、私は自然と人の悩みを聞くようになっていました。

 

友達、知人、恋愛の相談、人間関係の苦しみなど。

 

なぜか初めて会う方からも相談事を聞くことが多くありました。

 

「なんでこんなに話しやすいんだろう」と言われることもありました。

 

きっと私は、幼い頃から“人の心の変化”にとても敏感だったのだと思います。

 

怒りの奥にある悲しみ。

 

強い言葉の裏にある寂しさ。

 

家庭環境の中で必死に空気を読んできた経験は、いつしか“人の気持ちに寄り添う力”へ変わっていったのだと思います。

 

その後、両親は離婚。

 

私が中学2年生の頃でした。

 

両親の離婚は悲しい出来事でもありましが、やっとあの恐怖の中から離れることができると心から安心したのを覚えています。

 

とにかく小さな物音でも怖くて仕方がなかった記憶が今でも残っています。

 

私が思う、人が生きるうえで必要なこと。それは

 

安心すること。

 

自分を大切にすること。

 

自分の本音で生きること。

 

私は育った家庭環境の中で、゛生きることを学ぶこと゛が必要だったのかな?と長い時間をかけて思っています。

 

「私は受け取っていい」と認めることが、幸せへの第一歩なのかなとも思っています。

 

だから今、占い師としての私は、「当てること」だけではなく、その方が“幸せになる覚悟”を持てるような言葉を届けたいと思っています。

 

過去は消えません。

 

でも、過去の意味は変えていけます。

 

苦しかった経験は、誰かを深く理解できる優しさになる。

 

涙を知っている人ほど、人を安心させる温かさを持てる。

 

私は、自分の人生を通して、それを学びました。

 

もし今、苦しさの中にいる方がいるならお伝えしたいです。

 

あなたは、幸せになっていい人。

 

安心できる人生を選んでいい人です。

 

そしてその幸せは、きっと誰かの幸せにも繋がっていくのだと思っています。

 

お読みいただきありがとうございます♡

 

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