姉倉 花姫
自分の情熱に迷いなく走っている王子が なぜか立ち止まり、魅せられた姫とは。
王子は走っていた。
誰よりも速く。
誰よりも遠くへ。
自分の使命を知り、
情熱の炎を燃やしながら。
だからこそ、
多くの人は王子に憧れた。
けれど王子は、
「誰かに救ってほしい人」を
探していたわけではない。
依存されることも、
崇拝されることも望んでいなかった。
共に歩ける人を探していた。

ある日。
王子はふと足を止める。
そこにいたのは、
華やかに着飾った姫ではなかった。
大勢の人に囲まれている姫でもなかった。
姫は静かに座り、
膝の上に小さなメディスンバッグを置いていた。
ハーブの香りがする。
ドックローズ。
ハニーサックル。
ウォーターバイオレット。
ネムノキ。
クズ。
姫は知っていた。
人生には
傷つく日があることを。
報われない恋があることを。
理不尽な言葉に
心が引き裂かれる日があることを。
悔しくて、
声を上げて泣く夜があることを。
だから姫は、
「傷つかない人」
になったのではない。
傷ついた自分を
癒す術を身につけたのだ。
苦しみを誰かに丸投げせず、
自分で抱きしめ、
整え、
再び立ち上がる術を。
だから姫には、
不思議な静けさがあった。
王子は思う。
なぜだろう。
今まで出会った誰よりも
目が離せない。
姫は王子を追いかけない。
捕まえようともしない。
王子の情熱を
自分の寂しさを埋めるために
利用しようともしない。
ただ、
自分の人生を生きている。
その姿が美しかった。
そして王子は気づく。
姫の品格とは、
傷つかなかった証ではなく、
「傷ついてなお
優しさを失わなかった証」なのだと。
姫の美しさとは、
若さや容姿ではなく、
何度も涙を流しながらも
人生を愛することを諦めなかった軌跡なのだと。
二人には
共通点がたくさんあったわけではない。
むしろ違うことの方が多かった。
けれど、
ほんの少しだけ
魂の温度が似ていた。
ほんの少しだけ
見ている景色が似ていた。
ほんの少しだけ
大切にしたいものが同じだった。
それだけでよかった。
それだけで、
「爆発するような幸福」は生まれる。
本当に成熟した恋とは、
「足りないものを埋め合う関係」ではない。
すでに満ちている者同士が、
ギフトを分け合う関係なのだから。
だから王子は立ち止まった。
自分の情熱を失ったからではない。
その情熱を共に喜べる人を
見つけたからだ。
そして姫もまた、
王子に救われたかったわけではない。
ただ、
隣を一緒に走れる人が
現れたことを喜んだのである。
本日の投稿は
のアイキャッチ画像の
「ワンドのナイト」より
インスピレーションを得て執筆した
スピンオフストーリーです。

姉倉花姫
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