「くちびるに歌を、こころに太陽を」その2
こんにちは☺️
北九州小倉店のカンパネラ美風です。

前回は、3人姉妹の末っ子として育った幼少期のお話を書きました。
でも、そういえば大切な人の話を書き忘れていました。
父です。
父は4人きょうだいの末っ子で、上には3人の姉がいました。
待望の長男だったそうです。
姉たちに囲まれて育ったからでしょうか。
父はよく、
「家では喋る機会がなかった」
と言っていました。
姉たちのおしゃべりに囲まれ、自分が話す前に会話が終わっていたのかもしれません(笑)
そのせいか、父はどちらかというと口数の少ない人でした。
そして父の口癖は、
「バカ」
でした。
普通なら少しドキッとする言葉ですが、父の「バカ」は違いました。
「可愛いなぁ」
「しょうがないなぁ」
そんな意味だったように思います。
今なら分かるのですが、当時はそんなこと知る由もありません。
まぁそれなりに、蓄積ダメージはくらっていたかと思います(笑)
父は朝早く家を出て、夜中に帰ってくるサラリーマンでした。
残業をすればするほど収入になる、そんな時代だったのです。
だから父は、いつも働いていました。
一緒に遊んだ記憶はそれほど多くありません。
でも、夜中に帰ってきた父に頭を撫でられた記憶は残っています。
眠っている私の頭をそっと撫でていたのでしょう。
半分夢の中のような記憶ですが、その手のぬくもりだけはなんとなく覚えているのです。
不器用だけれど優しい人。
それが私の父でした。
でも、バカって言われるしどっちなんや!って感じですね(笑)
父は家族のために一生懸命働き、
母は家族を支え、
姉たちはそれぞれの個性を持って生きていました。
そんな家族の中で育ちながら、
私は少しずつ、
「自分はどんなふうに動けば最善か」
「なにが正解か」
と常に周囲を伺いながら考えるようになっていった気がします。
そして我が家には、もうひとつ当たり前にあるものがありました。
ピアノです。
姉ふたりみんなピアノを習っていましたので、
私もごく自然にピアノを始めました。
特別好きだったから、というより、
そこにあるのが当たり前だったのです。
でも、その何気なく始めたピアノが、
後の人生に大きく関わってくることになるとは、、、、
その話はまた次回に☺️
「くちびるに歌を、こころに太陽を」
って結局タイトル回収まで、あと何話必要なんだろう😂
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