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企画を無視される苦しみは、あなたの才能がない証拠ではない ――離為火 初爻に学ぶ、見てもらえない痛みとの向き合い方

「企画を通す」と約束されたはずなのに、その約束は果たされない。

こちらの企画には何の返答もないまま、他の人の企画ばかりが通っていく。

なぜ通らなかったのか。
どこが悪かったのか。
改善すれば次は可能性があるのか。

それさえ教えてもらえない。

そんな状況が続くと、人は深い孤独感と無力感に襲われます。

「自分の企画が悪かったのだろうか」
「自分には価値がないのだろうか」
「この会社では、私は最初から見られていないのではないか」

そう感じてしまうのも無理はありません。

そして、やがて心の中に「もう辞めたい」という思いが生まれてくる。

けれど同時に、こうも思うのです。

「こんな傷ついた状態で辞めても、いい転職などできないのではないか」
「今の自分は、逃げようとしているだけではないか」
「でも、このまま残っても、心がすり減っていくばかりではないか」

このような状況で易を立てたところ、出た卦が離為火 初爻でした。

これは、非常に象徴的な卦です。

離為火とは、光の卦である

離為火は、火が二つ重なった卦です。

火は、明るさです。
照らすものです。
隠れていたものを見えるようにする力です。

仕事においては、企画、表現、才能、発信、評価、注目と関係します。

つまり離為火は、

「自分の考えを形にしたい」
「自分の才能を見てもらいたい」
「自分の企画を正当に扱ってほしい」

という願いと深く関わる卦です。

今回の相談者が苦しんでいるのは、単に「企画が通らなかったから」ではありません。

本当に苦しいのは、企画が通らなかった理由さえ知らされないことです。

否定されるなら、まだ向き合うことができます。
改善点がわかれば、次に進むことができます。

けれど、無視されると、人は自分の存在そのものが軽く扱われたように感じます。

ここに、深い傷があります。

離為火 初爻の言葉

離為火の初爻には、

「履錯然。敬之无咎」

という言葉があります。

これは、

「足元が乱れている。けれど、慎重に敬意をもって対処すれば、咎はない」

という意味です。

ここで大切なのは、初爻はまだ始まりの位置だということです。

相談者の心の中では、もう限界に近い。
怒りもある。
屈辱もある。
孤独感もある。
辞めたい気持ちも強くなっている。

けれど易は、ここでいきなり「辞めなさい」とは言っていません。

むしろ、

いまは足元が乱れている。
だからこそ、衝動で動いてはいけない。
まず状況を明るみに出しなさい。

そう告げているのです。

「敬之」とは、我慢することではない

初爻に出てくる「敬之」という言葉は、相手にへりくだることではありません。

我慢しなさい、黙って耐えなさい、という意味でもありません。

ここでの「敬」とは、まず自分自身を粗末に扱わないことです。

怒りに任せて辞める。
屈辱感に押されて投げ出す。
「どうせ私は認められない」と自分を決めつける。

それは、自分の火を自分で消してしまうことになります。

だからこそ、まずは冷静に確認する必要があります。

「以前、企画を通すとお話しいただいていましたが、現在どのような扱いになっているか確認させてください」

「今回の企画が見送られたのであれば、今後の改善のために理由を伺いたいです」

「内容、タイミング、予算、決裁ルートなど、どこに課題があったのか教えていただけますでしょうか」

「次回提案する場合、どの条件を満たせば検討対象になりますか」

このように、感情の爆発ではなく、事実確認として光を当てる。

それが離為火の知恵です。

ユング心理学的に見る「見てもらえない痛み」

ここから、ユング心理学的にさらに深く見ていきます。

この問題は、単に会社側の不誠実さだけで終わるものではありません。

もちろん、約束を果たさず、判断基準も示さず、説明もしない会社には問題があります。

けれど本人が本当に成長するためには、そこで止まってはいけません。

なぜなら、この出来事は、本人の中にある深いコンプレックスを刺激している可能性があるからです。

「私は見てもらえない」
「私は選ばれない」
「私は軽く扱われる」
「私の価値は、他人に認められなければ証明されない」

こうした心の奥にある思いが、今回の出来事によって強く揺さぶられているのです。

ユング心理学でいうなら、これはペルソナの傷とも言えます。

ペルソナとは、社会に見せている自分の顔です。

「仕事ができる自分」
「企画を出せる自分」
「会社に貢献できる自分」
「必要とされる自分」

そのペルソナが傷つくと、人は強い屈辱を感じます。

今回、企画そのものが否定されたというより、
「企画を出す人間としての自分」
「会社に必要とされる自分」
が否定されたように感じているのです。

だからこそ、他の人の企画が通るたびに、心の中で火が燃え上がります。

「あの人は見られている」
「私は見られていない」
「あの人は選ばれた」
「私は選ばれなかった」

この比較の痛みは、仕事上の問題に見えて、実は自己価値の問題でもあるのです。

影としての「選ばれたい自分」

ユング心理学では、自分が認めたくない部分、見ないようにしている部分を「影」と呼びます。

今回の出来事で浮かび上がる影は、

「私は本当は、もっと認められたい」
「私は本当は、選ばれたい」
「私は本当は、私の才能を見てほしい」

という欲求かもしれません。

これは悪いものではありません。

人間なら誰にでもあります。

けれど、本人がそれを認められない時、それは影になります。

表面的には、

「私は会社のために良い企画を出しただけ」
「正当に評価してほしいだけ」
「約束を守ってほしいだけ」

と思っている。

もちろん、それも事実です。

けれど、もっと深いところには、

「私を見てほしい」
「私をその他大勢として扱わないでほしい」
「私の中にあるものを、きちんと受け取ってほしい」

という叫びがあるのではないでしょうか。

ここを見ないまま会社や上司を責め続けると、本人は被害者の場所から動けなくなります。

けれど、その痛みの奥にある「本当はもっと表に出たい」という生命力に気づけば、この出来事は成長の入口になります。

他人の企画が通ることへの嫉妬

他の人の企画ばかりが通る。

そのことに強い痛みを感じる時、そこには嫉妬もあります。

嫉妬という言葉は、あまり認めたくないものかもしれません。

けれど、嫉妬は悪ではありません。

嫉妬は、自分が本当に欲しいものを教えてくれる感情です。

他人の企画が通ることに腹が立つのは、本当は自分も企画を通したいからです。

他人が認められることに苦しくなるのは、本当は自分も認められたいからです。

他人が表に出ることがつらいのは、本当は自分も堂々と表に出たいからです。

つまり、嫉妬の中には、自分自身の火が隠れています。

その火を否定してはいけません。

「あの人ばかりずるい」と相手を責めるだけではなく、
「私は本当は、何を望んでいるのか」
と自分に問い直すことが必要なのです。

厳しく見るべき本人の課題

ここで、少し厳しいことも見なければなりません。

会社が不誠実である可能性はあります。

しかし同時に、本人にも問うべきことがあります。

その企画は、会社の利益構造に合っていたのか。
誰の課題を解決するものだったのか。
決裁者の関心に届く言葉になっていたのか。
通すための根回しはしたのか。
反対されそうな点を先回りして潰していたのか。
「良い企画」ではなく、「通る企画」として設計されていたのか。

ここを見ずに、

「無視された」
「会社が悪い」
「私は大切にされていない」

だけで終わってしまうと、本人の企画力は伸びません。

本当に成長する人は、傷ついた心を抱えながらも、自分の企画の弱点を見に行きます。

これはとても勇気のいることです。

でも、そこにしか成長はありません。

離為火 初爻の「敬之」とは、自分の感情を抑え込むことではなく、現実をきちんと見る態度です。

自分の痛みも見る。
会社の不誠実さも見る。
そして、自分の未熟さも見る。

その三つを同時に見られた時、人は本当の意味で強くなります。

会社に認められることと、自分の火を生きることは違う

今回の出来事が突きつけている問いは、実はとても深いものです。

あなたは、会社に認められたいのか。
それとも、本当にその企画を形にしたいのか。

ここは分けて考える必要があります。

会社に認められることだけが目的になっていると、会社が反応しなかった瞬間に自分の価値まで崩れてしまいます。

でも、本当に形にしたい企画なら、道は一つではありません。

企画を改善して再提出する。
別の部署に提案する。
社外で小さく試す。
副業や発信として形にする。
転職活動のポートフォリオにする。

会社に通らなかった企画が、人生に通らなかったとは限りません。

むしろ、会社に無視されたことで初めて、
「これは会社のためだけではなく、自分自身が本当に形にしたいものだったのだ」
と気づくこともあります。

辞めるかどうかは、怒りではなく戦略で決める

離為火 初爻は、今すぐ辞めなさいとは言っていません。

けれど、ずっと我慢しなさいとも言っていません。

大切なのは、怒りで飛び出すのではなく、光を当てたうえで判断することです。

まず、これまでの経緯を時系列で整理する。

いつ企画を出したのか。
誰に何を約束されたのか。
その後、どのような返答があったのか。
他の企画はどのように通っているのか。

次に、冷静にフィードバックを求める。

そのうえで、会社が誠実に答えてくれるなら、まだ改善の余地があります。

しかし、問いを立ててもなお無視される。
理由も示されない。
判断基準も見えない。
約束も曖昧にされる。

そうであれば、その沈黙こそが答えです。

その会社には、あなたの火を燃やすための空気が足りないのかもしれません。

その場合は、辞めることを逃げと考えなくていい。

ただし、辞める準備は、感情ではなく戦略で進めることです。

自分の経験を棚卸しする。
企画の実績や提案内容を整理する。
外の世界で通用する言葉に変える。
転職先で何をしたいのかを明確にする。

会社に答えを求めながら、会社だけに人生の答えを預けないこと。

これが、今いちばん大切です。

離為火 初爻からのメッセージ

離為火 初爻は、こう告げています。

あなたはいま、見てもらえなかった痛みの中で、自分の光まで疑っている。

けれど、問うべきことは、

「私は価値がないのか」

ではありません。

本当に問うべきことは、

「私の火は、どこでなら正しく燃えるのか」

です。

会社に無視されたことは、確かに痛いことです。
約束が果たされなかったことも、不誠実です。
理由も説明されないまま放置されるのは、人の尊厳を傷つける扱いです。

けれど、その出来事によって、自分自身まで無力な存在にしてはいけません。

この出来事は、あなたの中の影を照らしています。

選ばれたい自分。
認められたい自分。
嫉妬している自分。
怒っている自分。
本当はもっと前に出たい自分。
傷つくのが怖くて、会社に判断を委ねていた自分。

そのすべてを見なさい、とこの卦は告げています。

そして、そのうえで自分に問い直すのです。

私は、会社に認められるために企画を出しているのか。
それとも、自分の火をこの世界で形にするために企画を出しているのか。

後者に立てた時、今回の屈辱は終わりではありません。

それは、自分の火を他人の承認に預けるのをやめ、
自分自身の手で灯し直すための始まりになります。

少し柔らかめの読み上げ原稿にも整えられます。

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