あぐり
指示待ち妖怪に出会ったら……
「えー、みんな朝早くから来て、何してるんですか?」
私より後からやってきた新人が、きょとんとした顔で聞いてきた。
見りゃ分かるでしょう。
掃除してるんですよ。
床を掃いている人がいる。
机を拭いている人がいる。
開店前の準備をしている人がいる。
それを見ながら、さらに一言。
「何かやることありますか〜?」
……見て分からないかなあ。
指示待ち妖怪、現る。
「何かやることありますか?」という妖怪
もちろん、初めての場所なら勝手が分からない。
分からないことを聞くのは悪くない。
でも、
目の前でみんなが掃除をしているのに、
「何かやることありますか?」
と聞かれると、こちらも困る。
掃除すればいいのでは。
雑巾を持つ。
ゴミを拾う。
机を拭く。
やることはいくらでもある。
でも、こういう人に、
「じゃあ、これお願い」
と頼むのも少し怖い。
普段から周囲を見ていない人に、何かを任せて、物を壊されたり余計なことをされたりすると、結局こちらの仕事が増える。
だから心の中では、
「もう何もしなくていいです」
と思ってしまう。
そして、
「コネで入った社員って、こんなものなのかな」
と思ったという。
ところが、その指示待ち妖怪が、
今度はお客様の予約を受けてしまった。
指示待ち妖怪、予約を取る
予約欄を見ると、
名前。
そして、
15:00〜
と書いてある。
予約が入っている以上、その時間は空けておかなければならない。
飛び込みのお客様が来ても、
「申し訳ありません、その時間は予約が入っています」
とお断りすることになる。
実際、その日は混んでいた。
来てくださったお客様を、予約があるからという理由でお断りした。
ところが。
15時になっても、
その予約のお客様は来ない。
15時10分。
来ない。
15時20分。
来ない。
……あれ?
そこでふと思った。
そもそも、本当にこれは「予約」だったのだろうか。
お客様は「予約した」と思っていたのか
予約を受けた本人は、すでに帰っている。
確認したくてもいない。
そこで聞いてみた。
「このお客様、連絡先は聞いてありますか?」
「聞いてません」
……でしょうね。
嫌な予感は、だいたい当たる。
話を聞いてみると、
どうやらお客様と、
「では15時に伺います」
という明確な確認をしたのかどうかも、よく分からない。
お客様からすれば、
「ちょっと考えます」
くらいのつもりだった可能性だってある。
こちらだけが勝手に、
予約成立!
と思って予約欄に名前を書いていたのかもしれない。
もしそうなら、
お客様は無断キャンセルしたつもりすらない。
そもそも、
約束した覚えがないのだから。
「どうして予約に入れたの?」
と聞くと、
「混んでる時だったので、入れちゃいました〜」
というような返事。
……いや。
なぜ混んでいたら、予約が成立するのだろう。
混んでいる。
↓
だから予約表に名前を書く。
その間にあるはずの、
「お客様と時間を約束する」
という工程が、きれいに消えている。
予約とは、名前を書くことではない
予約というのは、
予約表に名前を書くことではない。
お客様と、
「この日時に来ます」
「この時間を空けておきます」
と約束を交わすことだ。
だからこそ、その時間を店側も確保する。
他のお客様を断ることもある。
今回、実際にそうなった。
来てくださったお客様を断った。
しかし、予約客は来なかった。
結果として、
お客様を一人受ける機会を失った。
店にとっては売上の機会を失った。
そして、もしかしたら来店された方にとっては、
「今日、相談したい」
という大切なタイミングだったかもしれない。
それを考えると、
これは単なる、
「あ、来なかったですね〜」
では済まない。
「申し訳ありません」で終わらせる妖怪
そのことを指摘すると、
「お手数をおかけして申し訳ありません」
という返事が来た。
ここで、私はまた腹が立った。
私に手数をかけたことが問題なのではない。
私が怒っているから謝る。
先輩に迷惑をかけたから謝る。
そういう話ではない。
問題は、
予約として扱ったことで、実際に来てくださったお客様を断ることになった
ということだ。
迷惑を被った中心は、私ではない。
お客様だ。
店だ。
それなのに、
「お手数をおかけして申し訳ありません」
と言われると、
なんだか、
「とりあえず謝罪ボタンを押しておきました」
という感じがする。
本当に欲しいのは、
「予約が成立しているか確認せずに予約欄へ入れてしまいました」
「連絡先も確認していませんでした」
「その結果、他のお客様をお断りすることになりました」
「次からは日時の確認と連絡先の確認をします」
という、
何が問題だったのかを理解した言葉
なのだ。
指示待ち妖怪の怖いところ
今回のことで、改めて思った。
指示待ちの何が嫌なのだろう。
「自分から掃除しない」
くらいなら、まだいい。
私が本当に嫌なのは、
自分で考えなかった結果を、誰かが引き受けることになる
というところなのだと思う。
何をするかは誰かが教える。
掃除は誰かがする。
判断は誰かがする。
問題が起きたら誰かが直す。
そして最後に、
「申し訳ありません」
と言えば終わり。
本人の中では、それで一件落着なのかもしれない。
でも、周囲では終わっていない。
誰かが後始末をしている。
誰かが失った時間を埋めている。
誰かがお客様に頭を下げている。
自分が考えなかった分は、消えてなくなるわけではない。
必ず、誰かの仕事になる。
仕事とは「言われたことをやること」なのか
会社員として長く働いていると、
「指示されたことをきちんとやる」
ということが身につく。
それ自体は大切だ。
ただ、
言われなければやらない。
書いてなければ分からない。
教えてもらっていないから知らない。
となってくると、
仕事ではなく、
作業を渡されるのを待っている状態
になってしまう。
仕事は、本当はもう少し広い。
今、何が必要なのか。
この判断をしたら、その先で誰が困るのか。
お客様はどう受け取るのか。
店全体にどんな影響があるのか。
そこまで想像することも、仕事の一部だと思う。
指示待ち妖怪に出会ったら
では、指示待ち妖怪に出会ったら、どうすればいいのか。
「自分で考えてください」
と言ったところで、
自分で考える習慣がない人には、それすら指示になってしまう。
そしてこちらが全部教えてしまえば、
ますます、
「聞けば誰かが教えてくれる」
という妖怪が育ってしまう。
だから結局、
何でも引き受けないことなのかもしれない。
その人が考えなかった分まで、こちらが全部埋めない。
失敗したら、
「何が問題だったと思いますか?」
と一度本人へ返す。
申し訳ありません、と言われたら、
「私に謝ることより、今回何が問題だったのか考えてください」
と返す。
少なくとも、
他人の思考まで代行しない。
そこは大切なのだと思う。
何が問題かって、
掃除をしなかったからでも、
予約を一件失敗したからでもない。
自分の仕事を、自分のものとして引き受けていないように見えたからだ。
そして、その人が引き受けなかった責任が、
いつの間にか周囲の誰かの肩へ乗ってくる。
それが嫌だった。
指示待ち妖怪は、
案外どこにでもいる。
そして油断すると、
自分自身も、
「誰かが何とかしてくれる」
という妖怪になる。
だからこそ、ときどき自分にも聞いてみたい。
「私は今、自分で考えているだろうか。」
それくらいが、妖怪除けのお札にはなるのかもしれない。






