あぐり
「それ、私の仕事じゃないですよね?」と言う人にどう向き合う? ――ペンタクル6正位置が教える「与えすぎない」という仕事術
「職場に、どうしても理解できない人がいるんです」
そんなご相談がありました。
その人は、
「時間外なので、それはできません」
「それは私の仕事ではありません」
とはっきり言う。
もちろん、勤務時間や担当業務の境界線を守ること自体は悪いことではありません。
無制限に働く必要もないし、自分の仕事ではないことを何でも引き受ける必要もありません。
問題は、それだけではありませんでした。
周囲の人が朝から掃除をしていても、
「みんな、何で掃除なんかしてるんですか?」
と眺めている。
電話を受けても、
誰からの電話だったのか。
何の要件だったのか。
相手の連絡先はどこなのか。
きちんと聞けているのかさえ分からない。
さらに、お客様の予約を受けたものの、そのお客様は当日来なかった。
ところが、
「なぜ来なかったのだろう」
「自分の受け方に問題はなかっただろうか」
と振り返る様子もない。
相談者は言いました。
「この人は、仕事をする側なのに、ずっと“消費者”のような感覚でいる気がするんです」
そこで、
「この人に、どう対応したらいいでしょうか」
とタロットを引いたところ、
出たのは、
ペンタクル6・正位置。
このカードを見たとき、私は、
「相手を変えようとするより、与えることと受け取ることのバランスを整えること」
が大切なのではないかと感じました。
ペンタクル6は「与える人」と「受け取る人」のカード
ペンタクル6には、
一人の人物が天秤を持ち、二人の人物へペンタクルを分け与えている姿が描かれています。
このカードが表すものの一つが、
与えることと受け取ること。
助けること。
支援すること。
分配すること。
そして、
公平な交換。
です。
仕事というのも、本来は一つの交換です。
会社は給与を払う。
働く場所を用意する。
仕事を教える。
スタッフ同士でフォローし合う。
一方、働く側は、
時間。
労力。
技術。
責任。
気配り。
そうしたものを仕事として差し出します。
つまり、
「何をもらえるか」だけではなく、「自分は何を提供するのか」
という両方があって、初めて仕事という関係が成り立ちます。
今回の相談者が感じていた違和感は、そこなのかもしれません。
「消費者マインド」で仕事をすると何が起きるのか
消費者でいるとき、人は自然に、
「私は何をしてもらえるのか」
という視点になります。
お金を払った。
だからサービスを受ける。
これは当然です。
けれど、その感覚をそのまま職場へ持ち込むと、
「何をしてもらえるのか」
「どこまでやってもらえるのか」
「これは自分の仕事なのか」
ということには敏感なのに、
「自分はこの場に何を返すのか」
という意識が薄くなることがあります。
仕事を教えてもらう。
誰かにフォローしてもらう。
失敗したところを周囲がカバーする。
それでも、
「次は自分でできるようになろう」
というところまで意識が向かない。
もちろん、それを単純に「怠けている」と決めつける必要はありません。
そもそも仕事の基準を教えられていない場合もあります。
本人は本当に、
「言われたことだけやればいい」
と思っているのかもしれない。
だからこそ、ペンタクル6は、
感情で裁くのではなく、交換の条件を明確にする
ことを勧めているように見えます。
「察して動いて」ではなく、仕事として明確にする
たとえば電話を受けるなら、
相手の名前。
連絡先。
要件。
誰への電話なのか。
折り返しが必要なのか。
最低限、何を確認するのかを決めておく。
予約なら、
「○時ごろ行くかもしれません」
と、
「○時に予約をお願いします」
は違います。
お客様と時間を確認し、必要であれば連絡先も聞き、
どこからが“予約成立”なのか
を共有する。
掃除についても、
「みんながやっているのだから察して」
では伝わらない人もいます。
それなら、
「開店前は全員でこの範囲を掃除する」
と仕事として明確にしたほうがいい。
大切なのは、
相手の人間性を変えようとするのではなく、仕事のルールを見える形にすること。
ペンタクル6には、天秤があります。
感情ではなく、
何が公平なのかを量る。
そんなカードです。
周囲が「与えすぎる」と、受け取る人は変わらない
そして今回、もう一つ大切なのが、
相談者側も与えすぎないこと。
です。
仕事ができていなければ、
「もういい、私がやる」
電話の内容が分からなければ、
「仕方ないからこちらで調べる」
予約で問題が起きても、
「面倒だからこちらで処理しておく」
そうして周囲が全部フォローしてしまう。
確かに、その場は早く収まります。
でも、その結果、
本人は何も学ばない。
そして周囲だけが疲れていく。
一見すると親切ですが、
相手が負うべき責任まで引き取ることは、必ずしも親切ではありません。
ペンタクル6は、
「困っている人には何でも与えましょう」
というカードではありません。
片手にはペンタクル。
しかし、もう片方の手には、
天秤があります。
つまり、
必要なものは与える。
しかし、与えすぎない。
ということでもあるのです。
仕事のボールを、本人へ返す
たとえば中途半端な電話対応をしたなら、
「誰からでしたか?」
「ご連絡先は?」
「ご用件は?」
と本人に確認する。
予約したお客様が来なければ、
「どういう会話で予約になったのですか?」
「お客様とは何を確認しましたか?」
と振り返ってもらう。
すぐに誰かが答えを与えるのではなく、
本人が引き受けるべき仕事のボールを、本人へ返す。
それが必要です。
教えることは教える。
困っているなら助ける。
でも、
本人が考えるべきことまで考えない。
本人が負うべき責任まで負わない。
それが、ペンタクル6の示す健全な「与える」なのではないでしょうか。
「あなたが悪い」ではなく、「この関係は釣り合っているか」
職場で腹が立つ相手がいると、
「あの人は無責任だ」
「仕事をする気がない」
「常識がない」
と、人そのものを評価したくなることがあります。
もちろん、実際に問題のある態度もあります。
でも、そこで相手を変えようとすると、とても疲れます。
タロットが今回示したのは、
「相手がどんな人か」を裁くことより、「この職場の与える・受け取るは釣り合っているか」を見ること。
だったのだと思います。
給与を受け取る。
仕事を教わる。
周囲に助けてもらう。
それなら、
何を仕事として返すのか。
何を自分でできるようになるのか。
どこまで責任を持つのか。
それを明確にする。
そして相談者自身も、
相手の不足を埋めるために、自分ばかりが余分なペンタクルを差し出さない。
ペンタクル6正位置は、とても優しいカードです。
でも、その優しさには必ず天秤があります。
優しさとは、何でも代わりにやってあげることではない。
必要なものは渡す。
教えるべきことは教える。
そして、
その人が負うべき責任は、その人へ返す。
それもまた、
人を育てるための一つの優しさなのだと思います。






