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あぐり

「すごいですね」と言うだけで、動かない新入社員 ――職場に持ち込まれる「消費者マインド」について

「職場に、どうしても腹が立つ人がいるんです」

そんなご相談がありました。

ある朝、相談者が出勤すると、新しく入ったスタッフがすでに来ていました。

けれど、開店準備をしている様子はありません。

そこで、

「掃除は?」

と尋ねると、

「今、来たばかりです」

という返事が返ってきました。

相談者は、いつものように掃除を始めました。

それは、マニュアルに書いてあるからではありません。

誰かに命じられたからでもない。

これから自分が仕事をする場所を、気持ちよく整えておきたいからです。

ところが新人スタッフは、自分の机の前に座ったまま、じっとしていました。

何をすればよいか尋ねるわけでもない。

手伝おうとするわけでもない。

相談者が、その人のテーブルも掃除しようとすると、こんな言葉が返ってきたそうです。

「私、掃除が苦手なんです。マニュアルにも書いていないし」

相談者は、掃除を強制するつもりはありませんでした。

そこで、

「特に決まりではないから、掃除をしたくなければ、しなくてもいいですよ」

と伝えました。

すると、そのスタッフは言いました。

「すごいですね」

その言葉を聞いて、相談者はさらに腹が立ったそうです。

「掃除をしたくらいで、“すごい”と言われても、少しも嬉しくありません。私がしてほしかったのは、そんな言葉ではないんです」

相談者が求めていたのは称賛ではありませんでした。

同じ場所で働く者同士の、ささやかな共同性

だったのだと思います。

「すごい」は、観客席に残るための言葉になる

誰かが働いているとき、

「すごいですね」

と言うのは簡単です。

一見すると、相手を認める肯定的な言葉に聞こえます。

けれど、ときにこの言葉は、

「それは、あなたが特別だからすること。私がすることではありません」

と、自分を切り離すために使われます。

「何か手伝いましょうか」

なら、自分もその場へ参加する言葉です。

「次から私もやります」

なら、自分の行動を変える言葉です。

けれど、

「すごいですね」

だけなら、相手を舞台の上へ持ち上げながら、自分は安全な観客席に残ることができます。

相談者が腹を立てたのも、新人スタッフから褒められたかったからではありません。

「私を持ち上げなくていいから、あなたも同じ側に立ってほしい」

と感じたからではないでしょうか。

職場へ「お客様」として来る人

相談者は、こう話しました。

「その人は、仕事をしに来ているというより、お客様として店舗へ来ているように見えるんです」

この言葉は、今回の問題をよく表しています。

消費者でいるとき、人は自然に、

「何をしてもらえるか」

と考えます。

どんなサービスを受けられるか。

どれだけ丁寧に教えてもらえるか。

自分を満足させてくれるか。

お金を払ってサービスを受ける場なら、それで構いません。

しかし、その感覚を職場へ持ち込むと、問題が起こります。

仕事を教えてもらう。

誰かに環境を整えてもらう。

分からないことは、周囲が気づいてくれるまで待つ。

失敗すれば、

「マニュアルに書いていなかった」

「教わっていなかった」

「私は苦手だから」

と説明する。

そして、代わりに動いてくれた人へ、

「すごいですね」

と言う。

本人には、誰かに負担をかけている自覚がないのかもしれません。

褒めるという形で、きちんと相手へ何かを返しているつもりなのかもしれない。

けれど周囲から見れば、ずっとサービスを受ける側に座っているように映ります。

そこは、自分が利用する場所なのか。

それとも、自分もつくり、支える場所なのか。

この違いは、仕事に対する姿勢のあらゆるところに現れます。

掃除の上手下手が問題なのではない

もちろん、掃除が苦手な人はいます。

育ってきた家庭も、生活環境も違います。

これまで家族がしてくれていた人もいるでしょう。

掃除の経験が少ないからといって、あらゆる仕事ができないと決めつけることはできません。

今回の問題も、掃除が上手にできるかどうかではありません。

目の前で誰かが働いているとき、

自分には何ができるかと考えるか。

分からなければ、尋ねるか。

一度教わったことを、次の行動に移すか。

自分もこの場を支える一人だと考えているか。

箒の使い方が分からなくても、

「何をすればいいですか」

と尋ねることはできます。

掃除が得意でなくても、看板を出す、机を整える、必要なものを準備することはできます。

苦手であることと、何もしないことは別です。

できないことは、参加しない理由にはなりません。

「変わりたい」は、行動しないための言葉にもなる

この新人スタッフは、日頃から、

「変わりたい」

という話をしていたそうです。

それを聞いて、相談者は疑問を感じていました。

「本当に変わりたいと思っているのでしょうか。今、“変わりたい”と言うことが流行っているから、そう言っているだけではないでしょうか」

もっと自信を持ちたい。

豊かになりたい。

人間関係をよくしたい。

新しい自分になりたい。

そう願うこと自体は、嘘ではないのでしょう。

ただ、多くの人が欲しいのは、変わることそのものではなく、

変わったあとの、心地よい状態

なのかもしれません。

自分の癖を認めること。

昨日までしなかったことを、一つ始めること。

面倒な役割を引き受けること。

言い訳をせず、自分の行動を振り返ること。

本当の変化は、こうした地味なところに現れます。

新しい知識を聞いて、

「勉強になりました」

と言うだけなら、まだ観客です。

誰かを、

「すごい人ですね」

と崇めるだけでも、自分は変わりません。

変化した証拠は、言葉ではなく、次の行動にしか現れないのです。

尊敬と崇拝は違う

誰かを「すごい」と思うことが、悪いわけではありません。

人を尊敬し、その人から学ぶことは、自分を成長させてくれます。

しかし、尊敬と崇拝は違います。

尊敬は、

「この人の姿勢から、私は何を学べるだろう」

と、自分の行動へ戻ってきます。

一方、崇拝は、

「あの人は特別だから」

と、自分が動かない理由になることがあります。

すごい人に教えてもらう。

すごい人に導いてもらう。

すごい人の近くにいれば、自分も変わることができる。

そのように考えているうちは、自分の人生の主導権を、誰かに預けたままです。

本当に人を尊敬するとは、その人の足元に座り続けることではありません。

その人から受け取ったものを携えて、

今度は自分の足で立つこと

なのではないでしょうか。

動く人が、動かない人を支え続けないために

相談者のように、周囲の状況に気づく人は、つい自分で動いてしまいます。

汚れていれば掃除をする。

準備ができていなければ整える。

誰かがやらなければ、自分がやる。

その姿勢は、責任感の表れです。

しかし、気づく人がすべての穴を埋め続けると、動かない人はますます動かなくなります。

動く人には、さらに仕事が集まる。

動かない人は、誰かが整えた環境を受け取る。

そして、働いている人の貢献は、

「好きでやっていること」

として見えなくなっていく。

これでは、誠実に働く人ほど消耗します。

だから、ときには相手の分を引き受けないことも必要です。

自分の仕事環境は、自分が望む範囲で整える。

しかし、相手の担当まで先回りして済ませない。

「すごいですね」

と言われたら、褒め言葉と引き換えに仕事を背負わず、

「ありがとうございます。では、こちらをお願いします」

と、仕事を相手へ返す。

相手の心を変えようとしなくてよいのです。

言い訳を暴き、本人に消費者マインドを認めさせる必要もありません。

ただ、

こちらが「満たす係」を降りる。

それだけでも、二人の関係は変わります。

誠実に働く人が報われる場所を選ぶ

人が自然に助け合うことを、マニュアルで強制することはできません。

しかし職場には、誰が場を支え、誰がその貢献に乗っているのかを、きちんと見る責任があります。

動かない人には何も言わず、動く人へさらに負担を集める。

言い訳をする人を守り、黙って働く人の貢献を当然とする。

もしそれが職場の文化なら、一人の努力だけで変えるのは難しいでしょう。

相談者は最後に、

「そういう人が優遇される職場には、もう身を置きたくないんです」

と話していました。

それは、誰かを罰したいということではないのだと思います。

誠実に働く人が、誠実であるために損をし続ける場所にはいたくない。

その切実な願いなのでしょう。

私たちは、すべての人を変えることはできません。

けれど、どんな場所に自分の時間と力を差し出すかは選べます。

同時に、自分自身も、誰かが整えた場所で、

「すごいですね」

と言うだけの観客になっていないか、振り返る必要があります。

仕事とは、用意された場所を利用することではありません。

自分の力を使って、その場所に何かを加えることです。

変わりたいのなら、まず観客席を立つ。

その人の本当の姿勢は、華やかな言葉ではなく、

誰も見ていない朝の、小さな行動に表れる

のだと思います。

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