ブログ

芽百マミム

何気ない毎日が文章に変わる瞬間。私がブログを書き続けられるのは、特別な才能よりも「感じたことを残したい」という気持ちなのかもしれない

私には、ブログを書くときのちょっとした癖があります

ひとつのことを考えていたはずなのに、気づけば別のテーマが浮かんできます

しかも、ひとつずつではなくて

一気に5個くらい、まとめて浮かんでくる笑

誰かと話しているとき
何気ない出来事があったと
ふと、自分の気持ちに気づいたとき 

「あ、これブログに書きたい」
そんな瞬間が突然やってくる

そして、ネタが浮かんだら、私は一気に書き上げます

あとでゆっくり考えよう、とはあまりならない

今、頭の中にあるこの感覚を、そのまま文章にしたいから

不思議なのは、ブログのネタを探そうと必死になっているときより、何も考えていないときのほうが、書きたいことが浮かんできたりすることが多い

日常って、ネタの宝庫なのです

誰かの何気ないひと言に、妙に引っかかることがあったり
自分では気にしていなかったことなのに、あとから考えると、実は大切な気づきだったり、

うれしいことがあれば、なぜうれしかったのかを考える

悔しいことがあれば、なぜ悔しかったのかを考える

何でもない出来事の中にも、自分なりの感情や考えが隠れている

それを見つけたとき、文章にしたくなります。

もちろん、最初からきれいにまとまっているわけではなくて

頭の中にあるものを、まずは言葉にしてみる

書いているうちに、自分でも気づいていなかった気持ちが見えてくることもある

「ああ、私はこう思っていたんだ」
文章にして初めて、自分の本音がわかることもあるし

誰かに何かを伝えるために書いているつもりが、実は自分自身と向き合っています

そんな感覚になることもある

ブログって、ただ情報を発信するだけのものではないのかもしれない

自分が何を見て、何を感じて、何を大切にしているのか

それを少しずつ残していくものでもあると思います

同じ出来事を経験しても、感じ方は人それぞれ 

私が何とも思わなかったことを、誰かは深く考えるかもしれない

反対に、私にとって大きな気づきだったことが、誰かにとっては当たり前のことかもしれない

それでもいいです

全員に共感してもらう必要はないし、誰かの正解に合わせる必要もない

自分が感じたことを、自分の言葉で表現する
その文章を読んだ誰かが、「私も同じことを思っていた」と感じてくれたら、それだけでうれしい

もしかしたら、私が書いた文章によって、自分の気持ちをうまく言葉にできなかった人が、自分の本音に気づくことだってあるかもしれない

そう考えると、何気なく書いたブログにも意味がある気がする

特別な経験をしなくてもいい
立派なことを言わなくてもいい

日常の中で感じた小さなことを、自分なりの視点で言葉にしていけばいい

私がブログのネタを一気に5個くらい思いつくのも、きっと、日々の出来事を自分なりに受け止めているからなのかもしれない

そして、浮かんできたものを文章にすることで、その感覚を忘れずに残しておける

いつか読み返したとき、「あの頃はこんなことを考えていたんだ」と思えるのも、ブログの面白さだと思う

そのときの自分にしか書けない文章があります

今だから感じることがある
だから私は、これからも書いていきたい
何かを大きく変えるような文章じゃなくてもいい

誰かの人生を劇的に変えるような言葉じゃなくてもいい

ただ、自分が感じたことを、自分の言葉で残していく

その積み重ねが、いつか誰かの心に届くかもしれないから

さて、次はどんなことがブログのネタになるんだろう

今日もまた、何気ない日常のどこかに、書きたいことが隠れているのかもしれない(*´꒳`*)

装いから開運に導く三姉妹ママの占い師 🩵新しい発想🩵衣食住で整える🩷魂しいの整え🩷忍耐力と努力は自分の中にある🩵メガネは最強アイテム、原宿ほしよみ堂対面、未来を当てるではなく人生を整える発信、トランプ、直感タロット占い

  • 「ほしよみ堂」youtubeチャンネル
  • 占い師募集

占いのことなら|ほしよみ堂 > ブログ > 何気ない毎日が文章に変わる瞬間。私がブログを書き続けられるのは、特別な才能よりも「感じたことを残したい」という気持ちなのかもしれない