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足利ラリイ

はじめまして。
この秋、ほしよみ堂高崎店で占い師として活動を始める足利ラリイです。

人生は、ラリー。
頑張らない作戦会議、始めます。

プロフィールにも少し書きましたが、私は中学から大学までテニスを続け、社会人になってからも長くラケットを握ってきました。

「ラリイ」という名前を聞いて、テニスを思い浮かべた方もいるかもしれません。

テニスでは、いつも自分の打ちやすい球が飛んでくるわけではありません。
速い球もあれば、変化球もある。
「そっちに来るの?」と思うような一球もあります。

人生も、ちょっと似ていますよね。

私自身、接客や販売、介護、営業、子育てなど、いろいろな経験をしてきました。
思い通りに進んだことばかりではありません。
空振りしたり、遠回りしたり、「次はどうしよう」と立ち止まったこともたくさんあります。

だからこそ占いでは、結果だけをお伝えするのではなく、その先を一緒に考えたいと思っています。

打ち返す?
見送る?
コースを変える?

迷ったときは、一緒に作戦会議をしましょう。

そしてこの秋、いよいよ高崎で私の新しいラリーが始まります。

このブログでは占いのこと、群馬のこと、そして足利ラリイがどんな人なのかも、少しずつお話ししていきます。

まずは、ご挨拶の一球から。

これからどうぞ、よろしくお願いいたします。

高崎とだるま。始まりは「人を助けるため」だった

 


1.なぜ高崎は「だるまの街」になった?

高崎といえば、何を思い浮かべますか?

パスタ。
焼きまんじゅう。
榛名山。

そして忘れちゃいけないのが、

だるま。

群馬に住んでいると、だるまはかなり身近な存在です。

でも、ふと思いました。

なんで高崎で、こんなにだるまが作られるようになったんだろう?

調べてみると、その始まりには、今の「縁起物」というイメージだけではない物語がありました。


2.苦しい暮らしから生まれた高崎だるま

時代は江戸時代。

1783年の浅間山大噴火などによって大きな被害が起こり、そのころ日本は「天明の大飢饉」と呼ばれる厳しい時代を迎えていました。

少林山達磨寺に伝わる話では、生活に苦しむ農民を助けるため、当時の住職・東嶽和尚が達磨大師の絵をもとに木型を彫り、豊岡村の山縣友五郎に張り子のだるま作りを伝えたとされています。

農作業が少なくなる冬の間にもできる仕事として、だるま作りが広がっていったのです。

つまり高崎だるまは、最初から華やかな縁起物として生まれたわけではなく、

人々が厳しい時代を生きていくための仕事

でもあったんですね。


3.高崎の気候と養蚕が、だるまを育てた

そして、だるま作りには群馬の気候も味方しました。

群馬の冬といえば……

空っ風。

私たちにとっては「寒い〜!」となる空っ風ですが(笑)、乾燥した気候は張り子のだるまを乾かすのに適していました。

農家の冬の仕事と、群馬の気候。

いくつもの条件が重なって、高崎にだるま作りが根付いていったのです。

さらに時代が進み、1859年に横浜港が開港すると、生糸の輸出が盛んになり、群馬でも養蚕業が発展していきます。

養蚕農家の声を取り入れながら、だるまの木型も繭を思わせるような、ふっくらと丸みのある形へ。

今の高崎だるまにつながっていきました。

そして高崎だるまの顔をよーく見ると、実は縁起のいいものが隠れています。

眉毛は「鶴」、ひげは「亀」。

だから「縁起だるま」「福だるま」とも呼ばれているそうです。

知ってから見ると、いつものだるまがちょっと違って見えてきませんか?


4.転んでも、また起きればいい

高崎だるまの歴史を知って、私が一番印象に残ったのは、

人々が苦しい時代を生き抜くために生まれたものだった

ということ。

暮らしていくために仕事を作る。

今あるものを使う。

できることを探す。

そして、また立ち上がる。

なんだか、だるまそのものみたいです。

「七転び八起き」というけれど、人生だって転ばない人なんていません。

仕事で転ぶこともある。

恋愛で転ぶこともある。

家族のことで、どうしたらいいのかわからなくなることもある。

そんな時、無理してすぐに立ち上がらなくてもいい。

少し休んで、

「さて、次はどうする?」

と考えればいい。

方法を変えたっていい。

行き先を変えたっていい。

占いも、そのための作戦会議のひとつだと私は思っています。

未来を決めてもらうためじゃなく、

これから自分は、どこをねらうのか。

それを一緒に考える場所です。


5.私も、だるまに片目を入れます

実は今、私のところにも、まだ両目の入っていない大きなだるまがあります。

だるまは、願いや目標を決めた時に片目を入れ、その願いが叶った時に、もう片方の目を入れるといわれています。

そこで私も決めました。

ほしよみ堂高崎店がオープンした時、このだるまに片目を入れます。

そこからどんな人たちと出会って、どんなラリーが始まるのか。

そして、いつかもう片方の目を入れる日は、どんな自分になっているのか。

今からちょっと楽しみです。

人生は、ラリー。

転んだって、そこで試合終了じゃない。

また打ち返せばいいんです。

そして……

ここまで読んだら、ちょっと「だるま」が気になってきませんか?

来年の高崎だるま市、気になってきましたか?

私も、今までとはちょっと違った目で、だるまを見ることになりそうです。

来年は、どんなだるまに出会えるかな。

足利ラリイ

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