あぐり
嫌いな人がいる私は、心の狭い人間なのでしょうか? ――誰とでも仲良くすることが、人間としての成熟ではない
「職場に、どうしても好きになれない人がいるんです」
先日、こんなご相談をいただきました。
同じフロアには、気の合う人もいれば、どうしても気の合わない人もいる。
気の合う人とは自然に会話が弾み、笑い合うこともできる。けれども、苦手な人とはできるだけ話したくない。
「同じ職場なのに、気の合う人とばかり話している私は、人間として心が狭いのでしょうか。でも、どうしても嫌なものは嫌なんです」
詳しくお話を伺うと、その方は、こちらから話しかけても返事をしないことがあるそうです。
皆が雑談をしていても、自分から輪に加わろうとはしない。
最初は、単に気が合わないだけだったのかもしれません。
けれども、そうした態度に接するうちに、次第に嫌悪感が強くなり、今ではその人の存在そのものが嫌になってしまったとおっしゃいます。
それでも相談者は、そんな自分を責めていました。
「もっと心を広く持たなければいけないのでしょうか」
人を好きになれないことは、悪いことなのか
すべての人と仲良くする必要はありません。
職場は、さまざまな価値観を持つ人たちが集まる場所です。
考え方も、仕事への姿勢も、会話のテンポも違います。
気が合う人がいる一方で、どうしても苦手だと感じる人がいるのは、ごく自然なことです。
人間には相性があります。
誰に対しても同じように親しみを感じることなど、そもそも難しいのではないでしょうか。
ただし、ここで一つ、区別して考えたいことがあります。
人を好きになることと、人として敬意を払うことは、まったく別の問題だということです。
無視されることは、心に小さな傷を残す
こちらから話しかけても返事がない。
挨拶をしても、反応がない。
こうしたことが繰り返されると、人は少しずつ傷ついていきます。
「私のことを軽く見ているのだろうか」
「どうして普通に返事をしてくれないのだろう」
そんな思いが積み重なると、最初は相手の態度に対する不快感だったものが、やがて相手そのものへの嫌悪感に変わることがあります。
もちろん、相手が意図的に無視しているのかどうかは分かりません。
人付き合いが苦手なのかもしれませんし、職場では必要以上に人と関わりたくないのかもしれません。
けれども、理由が何であれ、返事がないことによって傷ついたという相談者の感情まで、否定する必要はありません。
そして、相手が交流を望んでいないのであれば、こちらが無理に距離を縮めようとする必要もないのです。
公平であることと、親しくすることは違う
相談者は、気の合う人とばかり話すことに罪悪感を抱いていました。
しかし、
公平に接することと、誰に対しても同じだけ親しみを示すことは違います。
苦手な人と無理に雑談する必要はありません。
ただし、挨拶をする。仕事に必要な連絡をする。協力が必要な場面では、できる範囲で協力する。
そうした最低限の礼節は大切にしたいものです。
一方で、気の合う仲間だけで結束し、苦手な人を意図的に仲間外れにしたり、必要な情報を伝えなかったりするのは別の問題です。
相手が自分の意思で雑談に加わらないことと、周囲がその人を排除することは違います。
また、仕事に必要な問いかけにも返事がないのであれば、それは好き嫌いではなく、業務上のコミュニケーションの問題として対処する必要があるでしょう。
親しくしなくても、誠実に接することはできます。
そして、それで十分なのです。
嫌いな人に、自分の心を支配させない
今回のご相談で、私がもう一つ気になったのは、
「存在そのものが嫌なんです」
という言葉でした。
そこまで嫌悪感が強くなると、相手が何かをしたわけでもないのに、同じ空間にいるだけで不愉快になってしまうことがあります。
相手の姿が目に入る。
声が聞こえる。
それだけで心がざわつく。
けれども、少し考えてみてください。
相手は何もしていない時間にまで、あなたの気持ちを左右していることになります。
それは、少しもったいないことではないでしょうか。
嫌いな人を好きになる努力よりも、嫌いな人がいても穏やかに過ごせる自分を育てていく。
そのほうが、ずっと大切だと思うのです。
相手がどんな態度を取ろうと、自分の一日の価値は変わりません。
自分の機嫌も、人生の主導権も、他人に預ける必要はないのです。
心の広さとは、好き嫌いがないことではない
人間として成熟するとは、誰とでも仲良くできることなのでしょうか。
私は、そうは思いません。
好きな人には親しみを持ち、苦手な人とは適切な距離を置く。
それでも、相手の人格を否定せず、必要な敬意を失わない。
自分の感情をごまかすのではなく、その感情を抱えながらも、自分の振る舞いを選ぶ。
そこにこそ、大人の品性が表れるのではないでしょうか。
人には、好き嫌いがあります。
腹が立つことも、傷つくことも、どうしても受け入れられないと感じることもあります。
それらの感情が湧いてくること自体を、責める必要はありません。
ただ、感情と行動は別です。
嫌いだからといって、相手を傷つけてよいわけではない。
反対に、相手を傷つけないために、自分の心を犠牲にしてまで親しくする必要もありません。
人を嫌うことと、人を粗末に扱うことは違うのです。
最後に――あなたの品性は、好き嫌いでは決まらない
無理に仲良くする必要はありません。
ただ、挨拶や仕事上の礼節は大切にしてください。
そして、相手の態度によって、ご自身の心の平穏まで失わないようにしましょう
誰かを好きになれない自分を、責めなくていい。
気の合う人と楽しく話すことにも、罪悪感を持つ必要はありません。
ただし、苦手な相手にも、その人なりの生き方や事情があることは忘れないでいたいものです。
相手の存在を認めることと、その人を自分の心の中に迎え入れることは違います。
同じ職場にいることは受け入れても、心の中までその人に占領させる必要はないのです。
嫌いな人がいることで、あなたの品性が損なわれるのではありません。
嫌いな人にどう振る舞うかで、あなたの品性が表れるのです。
誰とでも仲良くすることよりも、誰に対しても自分の大切にしている礼節を失わないこと。
それが、本当の意味での心の広さなのかもしれません。
人間関係の悩みは、相手を変えようとするほど苦しくなることがあります。
鑑定では、相手との関係を整理しながら、ご自身がどのような距離感で、どのように生きていきたいのかを一緒に考えていきます。
無理に誰かを好きになるためではなく、自分らしい穏やかさを取り戻すために。






