芽百マミム
うざいばっかり言うくせに、参観日になると真っ先に手を振ってくる…真ん中の子が隠してきた寂しさに、母親はいつも後から気づく
参観日に行くと、いつも次女が手を振る
教室の後ろからそっと見ていても
絶対に気づく
そして、恥ずかしそうにしながらも、小さく手を振る
今日は体育だったからグランド…
遠くから見ていたら見つけて手を振っていた
その姿を見るたび
胸の奥がギュッとなる
小学生の頃はもっとわかりやすかった
「ママー!!」
教室中に響くくらい大きな声で呼んできた。
私はそのたび、
「もう恥ずかしいって〜!」なんて笑っていたけど
本当は嬉しくてたまらなかった
だけど子どもは成長する
中学生になった今、
昔みたいに大声では呼ばない
でも、ちゃんと手を振る
ここにいるよって
普段は文句ばっかりなのに
「ママうるさい」
「それ違うし」
「わかってない」
口を開けば反抗期みたいな態度
なのに
参観日だけは昔のまま
その不器用な優しさが
たまらなく愛おしい
そして同時に、
苦しくなる
あぁ、この子、
ずっと我慢してきたんだろうなって
真ん中の子って、
なぜか後回しにされやすい
上の子みたいに初めてじゃないし
下の子みたいに“ 末っ子特権もない
だから気づけば、
ちゃんとしてる子扱いされる
でも本当は、
1番空気を読んで
1番寂しさを飲み込んでる
母親は毎日必死だ
仕事して
ご飯作って
学校の準備して
悩み抱えて
愛情がないわけじゃない
むしろ愛してる
誰より大切
でも、
平等に愛するって本当に難しい
昔、ある母親が言っていた
「真ん中の子には、ごめんねが多い」って
手がかからないから後回し
強そうだから後回し
わかってくれると思って後回し
でもそのわかってくれるは
子どもからしたら
我慢してるだけだったりする
子どもって不思議
寂しかったことを
責めるより先に
笑って許そうとする
だから母親は気づくのが遅れる
参観日で手を振るあの姿も
もしかしたら
「ちゃんと見ててね」
っていう
小さなSOSなのかもしれない
そう思った瞬間
涙が出た
あぁ、
私はこの子に
どれだけあとでねを言ってきただろう
どれだけ、
「大丈夫な子」扱いしてきただろう
だけどね
子どもは、
完璧な母親なんか求めてない
高級なご飯も
完璧な育児も
100点の毎日も
そんなものより
ちゃんと見てくれた記憶
笑ってくれた記憶
手を振り返してくれた記憶
それを抱えて大人になる
だから今日も私は
教室の後ろから手を振り返す
泣きそうになるのを堪えながら
ごめんねと
ありがとうを心の中で何度も繰り返しながら
きっと子育てって
後悔しながら愛していくものなんだと思う♡
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