茶灯ぼたん
当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなかった
仕事でアメリカに行った娘さんのところへ、3週間滞在していた友達が帰ってきました。
どんなお土産話が聞けるのだろう。
そんなワクワクした気持ちで会った友達の第一声は、
「日本に帰ってきて、日本の良さがしみじみ分かったよ。」
という言葉でした。
友達が滞在していたのは、アメリカの比較的田舎の地域。
そこでの日常生活は、想像していた以上に大変だったようです。
水道水を使って料理を作ったら、娘さんに捨てられてしまったこと。
食べ物も、どれもがおいしいというわけではなかったこと。
日本食の材料を買おうと思ったら、スーパーまで片道1時間もかかったこと。
スーパーのセルフレジでお釣りが出てこず、店員さんに伝えても軽くあしらわれてしまったこと。
娘さんにその話をすると、
「日本で当たり前のことが、ここでも当たり前だと思ってはダメ。」
と言われたそうです。
ほかにも、トイレのドアに隙間があって、中にいる人が見えてしまいそうで入ることが出来なかったこと。
一人で出歩くことも危険があるため、自由に行動できなかったこと。
細かいことを挙げれば、まだまだたくさんあったようです。
そんな話を聞きながら、友達は何度も言っていました。
「日本がどれだけ暮らしやすいか、気付いたよ。」
その言葉が、私の心にも残りました。
蛇口をひねれば使える水が出る。
安心して食べられるものが手に入る。
買い物をすれば、きちんと対応してもらえる。
一人で出かけて、好きな場所へ行くことができる。
日本で暮らしていると、こうしたことを特別にありがたいと思う機会は、あまりないのかもしれません。
毎日繰り返していることだからこそ、できて当たり前だと思ってしまう。
でも、場所が変われば、その当たり前は当たり前ではなくなるのですね。
私たちは、今あるものに慣れてしまうと、そのありがたさを忘れてしまいがちです。
失って初めて、その大切さに気付くこともあります。
今回、友達の話を聞いて、私も改めて考えさせられました。
安心して暮らせること。
安全に生活できること。
必要なものが身近にあること。
そんな日々の暮らしは、決して当たり前ではないのだと思います。
今あるものに感謝すること。
そして、この暮らしやすい日本を、これからも大切にしていくこと。
友達の3週間のアメリカ滞在は、私にとっても、日本で暮らすことのありがたさを改めて考えるきっかけになりました。
茶灯 ぼたん
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