失敗が怖くなったのは、いつからだろう
忘れ物を忘れた子どもたち
何十年も前の話ですが、私はピアノの講師をしていました。
たくさんの子どもたちと接する中で、
それは、レッスンに楽譜を忘れてきた子どもたちの反応でした。
楽譜を忘れたことに気づき、しくしくと泣き出してしまう子。
何も言えず、ただ黙り込んでしまう子。
そんな姿を何度も見てきました。
でも、私はいつも不思議に思っていたのです。
楽譜を忘れたくらいで、どうってことないのに。
「先生、楽譜を忘れました」
ただ、そう伝えてくれればいい。
先生の楽譜を借りたっていいし、
その日にできる別の練習をしたっていいのです。
忘れ物をしたという事実は変えられなくても、
それなのに、なぜ、こんなにも怖がるのだろう。
私は、その子たちの涙を見ながら考えるようになりました。
もしかしたら、怖いのは忘れ物そのものではないのかもしれない。
忘れたことを叱られるのが怖い。
失敗した自分を否定されるのが怖い。
そんな経験が、どこかにあったのかもしれません。
もちろん、理由は子どもによって違うでしょう。
けれど、ひとつの疑問が残りました。
人は、
私たちは、
歩き始めた頃は、何度転んでも立ち上がろうとしていたはずです。
言葉を覚えるときだって、
それなのに、成長するにつれて、いつの間にか「間違えること」
そして、間違えないために、
私は子育てでも、このことをとても大切にしてきました。
失敗させないことが、子どもを守ることだとは限らない。
むしろ、失敗したときにどう考え、どう行動するか。
そこにこそ、生きていくための大切な力があると思うのです。
では、私たちはどんな経験を通して、
次回は、学校での「正解」と「発言」
第2話「正解を求めるほど、言葉を失っていく」へ続く。
カンパネラ美風
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