ブログ

あぐり

職場で自分の存在が消えたように感じる時 坎為水・三爻が告げる「深い水の中で、自分を見失わない知恵」

「職場では、誰にも気にしてもらえません。
仕事はしているつもりです。けれど、評価されることはありません。
まるで、自分の存在が無くなってしまったような感覚です。
どうしたらいいのでしょうか」

このようなご相談を受けました。

人は、ただ給与を得るためだけに働いているわけではありません。
もちろん生活のため、責任のため、現実的な理由はあります。けれどそれだけではなく、私たちはどこかで、自分の働きが誰かの役に立っていること、自分の存在がその場に必要とされていることを感じたいのです。

「ありがとう」と言われたい。
「助かったよ」と気づいてほしい。
「あなたがいてくれてよかった」と、ほんの少しでも認めてほしい。

それは決して甘えではありません。
人が人として働く以上、心の奥にある自然な願いです。

けれど、どれだけ仕事をしても、誰にも見てもらえない。
何かを支えても、当然のように流されてしまう。
失敗した時だけ目立ち、努力した時には沈黙される。

そうした日々が続くと、人は少しずつ、自分の輪郭を失っていきます。

「私は本当にここにいるのだろうか」
「私がいなくなっても、誰も気づかないのではないか」
「私の仕事には、何の意味があるのだろうか」

この苦しみに対して易を立てたところ、出た卦は 坎為水(かんいすい)三爻 でした。

坎為水は、上下ともに「坎」。
坎は水であり、穴であり、危険であり、心の深い不安を表します。

水は、低いところへ低いところへと流れていきます。
形を持たず、器に合わせ、周囲に従いながら進んでいくものです。
そのため坎為水が出る時、人は自分の意志や存在感を保ちにくくなります。

周囲の空気に飲まれる。
評価されない現実に沈む。
声を上げても届かない。
まるで深い水の中に落ち、手足を動かしても、水面がどこにあるのかわからない。

そんな状態を表しているのです。

そして三爻は、さらに注意が必要な場所です。
坎為水の三爻は、危険の中にまた危険があり、進んでも退いても苦しさを感じやすい時を示します。

「もっと頑張れば認めてもらえるかもしれない」と思って前へ進む。
けれど、期待した反応は返ってこない。

「もう何もしないほうがいい」と心を閉ざす。
けれど、今度は孤独が深まってしまう。

つまり今の相談者は、前へ出ても傷つき、引いても苦しいという、非常に身動きの取りにくい場所にいるのです。

この卦は、こう告げています。

今は、深い水の中で暴れてはいけない。
まず、呼吸を守りなさい。

ここで大切なのは、無理に評価を取りに行かないことです。

誰にも気づいてもらえない時、人はつい、自分を証明しようとします。

「もっと頑張れば」
「もっと役に立てば」
「もっと成果を出せば」
「いつか見てもらえるはず」

そう思って、自分を削るように働いてしまうのです。

けれど、見ていない人は、見ません。
見る気のない環境は、どれだけ尽くしても、そこにある価値を受け取れません。

これは、相談者に価値がないということではありません。
むしろ、職場の側に、人の働きを丁寧に見る目がないのかもしれないのです。

水面に月が映らないからといって、月が消えたわけではありません。
ただ、その水面が濁っているだけなのです。

ですから、まず必要なのは、職場の評価だけで自分の価値を決めないことです。

もちろん、評価は大切です。
仕事をしている以上、正当に評価されることは必要です。
しかし、その評価が返ってこない場所で、自分の存在価値そのものまで差し出してしまってはいけません。

「評価されない私は、価値がない」
「誰にも気にされない私は、必要とされていない」
「認められないということは、私が劣っているということだ」

このように受け取ってしまうと、心はさらに深い水の底へ沈んでしまいます。

坎為水三爻が示しているのは、評価を求めて突き進む時ではなく、まず自分の内側に戻る時です。

では、具体的にどうすればよいのでしょうか。

まず一つ目は、自分の仕事を記録することです。

今日、自分が何をしたのか。
誰を助けたのか。
どんな対応をしたのか。
どんな小さな改善をしたのか。
どんな気配りをしたのか。

それを、淡々と書き残してください。

これは、誰かを責めるためではありません。
職場に突きつける証拠を集めるためだけでもありません。

一番の目的は、自分が自分の働きを見失わないためです。

誰も見てくれない時ほど、自分だけは自分を見てあげる必要があります。
人からの承認が得られない時ほど、自分の行動を事実として確認することが大切です。

「私は何もしていない」のではありません。
「私はちゃんと働いている」のです。
ただ、それが周囲に正しく受け取られていないだけかもしれません。

二つ目は、評価を求める相手を間違えないことです。

どれだけ努力しても、受け取る器のない相手に差し出し続ければ、心は枯れてしまいます。

すべての人に認めてもらう必要はありません。
すべての上司に理解される必要もありません。
すべての同僚に気づいてもらう必要もありません。

大切なのは、自分の働きの本質を見てくれる人、冷静に話を聞いてくれる人、外側から状況を判断してくれる人を持つことです。

職場の中にいなければ、外でも構いません。
信頼できる友人、専門家、以前の同僚、家族、相談機関。
自分の感覚が壊れてしまう前に、第三の視点を持つことです。

深い水の中にいる時、人は方向感覚を失います。
だからこそ、外から差し込む小さな光が必要なのです。

三つ目は、小さく安全な出口を探すことです。

坎為水三爻の時に、いきなり大きな決断をするのは危険です。
怒りに任せて辞める。
感情のままにぶつかる。
全てを投げ出す。

そうした行動は、一時的には解放感があっても、後で自分を苦しめることがあります。

今は、静かに足場を探す時です。

部署異動の可能性はあるのか。
信頼できる上司や別部署の人に相談できるのか。
転職市場では自分の経験がどう評価されるのか。
資格やスキルの棚卸しはできるのか。
今の職場に残る場合、どこまでを自分の責任とし、どこからは距離を置くのか。

こうしたことを、感情ではなく現実の地図として整理していくのです。

水の中で大切なのは、慌てて泳ぐことではありません。
まず、足のつく場所を探すことです。

そして、このご相談で最も大切なのは、潜在意識の書き換えです。

今、相談者の心の奥には、こんな思い込みが生まれかけているかもしれません。

「誰にも気にされない私は、価値がない」
「評価されない私は、必要とされていない」
「私の存在は、あってもなくても同じだ」

けれど、それは真実ではありません。
それは、冷たい環境の中で心が受け取ってしまった傷です。

書き換えるべき言葉は、こうです。

私は、誰かに見つけてもらう前から、ここに存在している。
私の働きは、消えていない。
私は、自分の価値を静かに取り戻していく。

誰にも気にされない場所で、人は自分を疑い始めます。
けれど、本当はそこでこそ、自分が自分の味方になる必要があるのです。

職場があなたを見ないからといって、あなたまで自分を見捨ててはいけません。
上司が評価しないからといって、あなたまで自分の歩みを消してはいけません。
同僚が気づかないからといって、あなたの努力が無かったことになるわけではありません。

坎為水三爻は、決して楽な卦ではありません。
むしろ、今いる場所の苦しさを、かなり率直に映し出す卦です。

しかし同時に、この卦は「水の底で、本当の自分の声を聴く卦」でもあります。

誰にも見てもらえない。
誰にも気にかけてもらえない。
その孤独の中で、初めて浮かび上がる問いがあります。

「私は、本当はどんな場所で働きたいのか」
「私は、どんなふうに扱われたいのか」
「私は、何を大切にして生きていきたいのか」
「この職場の評価だけに、私の人生を預けてよいのか」

この問いこそ、出口の始まりです。

今すぐ答えを出さなくても構いません。
ただ、心の奥でこの問いを消さないでください。

坎為水三爻が告げているのは、
今は無理に認めさせる時ではなく、自分の呼吸を守り、自分の足場を取り戻す時
ということです。

焦って動かなくていい。
けれど、何も感じなかったことにしてはいけません。

つらいと感じている自分を責めないこと。
評価されたいと思う自分を恥じないこと。
存在を認めてほしいと願う自分を、幼いと切り捨てないこと。

その願いは、人として自然なものです。

けれど、その願いを、返してくれない場所に差し出し続けてはいけません。

最後に、この卦からの言葉を贈るなら、こうなります。

私は、ここにいる。
私は、消えていない。
私の働きは、誰にも見えない場所でも、確かに積み重なっている。
そして私の人生は、この職場の評価だけで決まらない。

深い水の中にいる時ほど、静かに呼吸を整える。
見えない足場を探す。
そして、自分だけは自分を見捨てない。

そこから、水は少しずつ、出口へ向かって流れ始めるのです。

  • 「ほしよみ堂」youtubeチャンネル
  • 占い師募集

占いのことなら|ほしよみ堂 > ブログ > 職場で自分の存在が消えたように感じる時 坎為水・三爻が告げる「深い水の中で、自分を見失わない知恵」