夏休みだけ、不登校の私は罪人ではなくなった
「夏休みになったら、学校へ行かなくても怒られない」
かつて中学生だった私は、
夏休みが始まると、
少しだけ息ができました。
実は私自身、
中学生のころ、
不登校になった時期があります。
学校へ行けない。
でも、家にいても心から休めない。
みんなが教室で授業を受けている時間に家にいると、
自分だけが社会から取り残されているように感じました。
「明日は行かなければ」
「どうして自分は行けないのだろう」
「このまま将来はどうなるのだろう」
誰かに責められなくても、
自分で自分を責め続けていました。
だから夏休みに入ると、
少し安心したのです。
学校へ行かないことが、
期間限定で「普通」になるからです。
もうすぐ夏休みです。
学校へ通っている子どもにとっては、
待ちに待った長い休みかもしれません。
しかし、
不登校の子どもやそのご家族にとっては、
安心と不安が入り交じる、
少し複雑な季節でもあります。
子どもは、
「みんなも学校へ行かないから、少し楽になれる」
と感じるかもしれません。
その一方で、保護者の方は、
「夏休みが終わったら、学校へ戻れるだろうか」
「生活リズムがさらに乱れないだろうか」
「勉強が遅れてしまわないだろうか」
「このままで本当に大丈夫なのだろうか」
と、夏休みが始まる前から二学期の心配をしてしまいます。
けれど、
夏休みを「学校へ戻るための訓練期間」に
しなくてもよいのではないでしょうか。
不登校の子どもにとって、
まず必要なのは、
登校の練習ではなく、
安心して休むことかもしれません。
家にいるからといって、
何もしていないわけではありません。
学校へ行けない理由を考えたり、
親の表情を気にしたり、
友達との関係を思い返したり、
自分の将来を不安に思ったりしています。
布団の中にいても、
ゲームをしていても、
動画を見ていても、
心の中ではずっと何かと闘っていることがあります。
私自身もそうでした。
周囲からは休んでいるように見えても、
本人の中では、
休むことさえ許されていない場合があります。
だからこそ夏休みは、
「何かをさせなければ」
「生活を立て直さなければ」
「二学期には必ず登校させなければ」
と焦るよりも、
まずは子どもが安心して過ごせる時間をつくってほしいと思います。
朝起きられた。
ご飯を食べられた。
お風呂に入れた。
家族と少し話せた。
好きなことに集中できた。
近所へ出かけられた。
大人にとっては当たり前に見えることも、
その子にとっては大切な一歩です。
周りの子どもと比べる必要はありません。
「夏休みが終わったら学校へ行こうね」と
約束を求めるよりも、
「今はゆっくり休んでいいよ」
「話したくなったら聞くよ」
「学校へ行けなくても、あなたの価値は変わらないよ」
そんな言葉が、子どもの心を少しずつ緩めていきます。
そして、
保護者の方も一人で抱え込まないでください。
子どもの将来が心配になるのは、
それだけ子どものことを大切に思っているからです。
しかし、
親だけですべてを解決しなければならないわけではありません。
学校、教育支援センター、相談機関、医療機関、フリースクールなど、
頼れる場所は一つではありません。
すぐに登校へ結びつかなくても、
家族以外の大人とつながることが、
子どもの世界を少しずつ広げる場合もあります。
不登校には、全員に共通する正解はありません。
学校へ戻ることが一つの選択肢になる子もいれば、
別の学び方や居場所を見つける子もいます。
立ち止まっているように見える時間にも、子どもの心は動いています。
夏休みを「二学期までの期限」にするのではなく、
子どもと家族が、少し呼吸を整えるための時間にしてみませんか。
私自身が中学生のころに学校へ行けなかった経験があるからこそ、
簡単に「頑張って学校へ行こう」とは言えません。
学校へ行けない自分を責めていた、
あのころの私に声をかけるなら、
こう伝えたいと思います。
「今は出口が見えなくても、
人生まで止まったわけではないよ」
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不登校のお子さまのこと、
親子の関わり方、
進路や将来への不安など、
うまく言葉にできない気持ちもお聞かせください。
占いだけで未来を決めるのではなく、
今の気持ちを整理し、
その人に合った次の一歩を一緒に考えていきます。






