がらがらの電車で職場へ向かった日々。梅田のぴちょんくんがくれた「頑張れ」のエール
梅田で心が折れそうになったとき、
私は空を見上げます。
街がにぎやかな日も、
コロナ禍で人の姿が消えた日も、
そこには変わらずぴちょんくんがいました。
何も語らないその姿に、
私は何度も「今日も頑張ろう」と背中を押されてきました。
梅田の街を歩いていると、
ビルの上に大きなしずくの形を見つけることがあります。
梅田のランドマークとして親しまれている、
ぴちょんくんです。
初めて登場した頃から、私はずっとその姿を見てきました。
最初は、
梅田に新しく現れた少し変わった看板という印象でした。
かわいらしい表情をしているのに、
遠くからでもすぐに見つけられるほどの存在感があります。
大阪駅の周辺を歩きながら、
「あ、今日もぴちょんくんがいる」
そんなふうに、何気なく見上げる存在でした。
けれど長い年月を重ねるうちに、
ぴちょんくんは私にとって、
ただの看板ではなくなっていきました。
がらがらの電車で、毎日職場へ向かった
新型コロナウイルスの流行によって、
梅田の街は大きく変わりました。
いつもなら大勢の人が行き交う大阪駅や地下街から、
人の姿が消えました。
お店のシャッターが閉まり、
街全体が静まり返り、
梅田から活気そのものがなくなってしまったように感じました。
世の中では在宅勤務が広がっていましたが、
私は在宅勤務ではありませんでした。
休むことなく、
毎日職場へ向かっていました。
朝、がらがらの電車に乗る。
いつもなら混み合っている車内には、
ほとんど人がいない。
大阪駅に着いても、
人の流れはなく、
地下街もひっそりとしていました。
普段とはまるで違う梅田の風景に、
不安を感じることもありました。
この状況は、いつまで続くのだろう。
自分はこのまま働き続けて大丈夫なのだろうか。
また以前のような日常が戻ってくるのだろうか。
そう思いながらも、仕事は待ってくれません。
職場へ向かうため、
私は毎日梅田を通りました。
そんなとき、通勤電車から見ると、
ぴちょんくんがいました。
人通りが少なくなっても、
街が暗く見えても、
いつもの場所に変わらずいる。
その姿を見るたびに、
「今日も頑張って」
「気をつけて行ってらっしゃい」
そう声をかけてもらっているような気がしました。
もちろん、
ぴちょんくんが実際に何かを話すわけではありません。
それでも、
先の見えない毎日の中で、
変わらずそこにいてくれる存在は、
大きな心の支えになりました。
がらがらの電車に乗り、
静かな梅田を歩き、職場へ向かう。
その繰り返しの中で、
私はぴちょんくんから、
何度も元気をもらっていたのだと思います。
街が変わり、私の人生も変わった
コロナ禍を越え、
梅田には再び多くの人が戻ってきました。
大阪駅も地下街も、
以前のように多くの人でにぎわっています。
新しいビルが建ち、
新しいお店が生まれ、
街は今も変わり続けています。
一方で、
昔からあった建物やお店がなくなり、
思い出の景色が少しずつ姿を消していく寂しさもあります。
私自身の人生も、
ぴちょんくんが登場した頃から考えると、
大きく変わりました。
仕事が変わり、
立場が変わり、
たくさんの出会いと別れがありました。
順調に進んだこともあれば、
思い描いていた通りにならなかったこともあります。
自信を失った日。
もう頑張れないと思った日。
自分の選んだ道が正しかったのか、分からなくなった日。
それでも梅田を歩き、
ふと空を見上げると、
ぴちょんくんが見えます。
昔から変わらないように見えて、
天気や時間、
そして自分の心によって、
少しずつ違った表情に見えます。
晴れた日のぴちょんくん。
雨の日のぴちょんくん。
夕暮れの空に浮かぶぴちょんくん。
夜の梅田を静かに見守るぴちょんくん。
同じ景色でも、
元気な日に見るのと、
落ち込んだ日に見るのとでは、
受け取るものが違います。
苦しい日に見るぴちょんくんは、
いつもより少し優しく見えました。
「今日も、もう少しだけ頑張ろう」
私にとって、
ぴちょんくんは梅田の目印であると同時に、
自分の人生を一緒に見てきた存在です。
楽しい日にも、
苦しい日にも、
コロナ禍の静かな日にも、
変わらず梅田の空にいました。
とくに、
がらがらの電車で職場へ向かっていたあの頃。
静かな街の上にいるぴちょんくんを見つけると、
少しだけ心が軽くなりました。
「今日も、もう少しだけ頑張ろう」
それは、
人生を一気に変えるような強い言葉ではありません。
何があっても頑張らなければならない、
という厳しい言葉でもありません。
今日をなんとか乗り越えてみよう。
あと一歩だけ進んでみよう。
疲れたら立ち止まり、また空を見上げよう。
そんな小さなエールです。
人にはそれぞれ、
知らないうちに心を支えてくれている風景があるのではないでしょうか。
毎日通る道。
昔からある喫茶店。
駅のホームから見える景色。
遠くからでも見つけられる看板。
それらは何も語りません。
それでも長い時間を一緒に過ごすことで、
いつの間にか、
自分の思い出や人生の一部になっていきます。
これから梅田の街がどれほど変わっても、
私はきっと空を見上げます。
そして、
いつもの場所にぴちょんくんを見つけたら、
心の中でこう言うでしょう。
「コロナのときも、今も、見守ってくれてありがとう」
ぴちょんくんは今日も梅田の空から、
仕事へ向かう人、頑張り続けている人、
少し疲れている人に、
静かなエールを送り続けています。






