SEEDA「alien me」PVの制作秘話と16年経って思うこと。
ずっずっちゃん♪ ずっずっちゃん♪
今日のブログはRAPだよ。
みなさん元気か〜!イェイ!
しのびのです。どうもです。
今から16年前の話なんですが、
ちょっとしたきっかけで懐かしい話を思い出したので綴ります。
当時、私はMVのディレクターをしていました。
ちなみに、当時はミュージックビデオのことを
PV(プロモーションビデオ)と呼んでいたので、
今回はPVという言い方で語りますね。
ある日、SEEDAのPVを作ってほしいと電話がかかってきたんです。
数日後、アルバムが送られてきて
「この中から好きな曲を選んで作ってください」と言われました。
普通、こういう仕事ってA&Rから曲を指定されることが多いんだけど、
その時はまさかの自由選択。
しかも、予算はめちゃくちゃ少ない。
さて、どうしたもんか。
以前にも別の曲でSEEDAのPVを作ったことがあったから、
ある程度は信頼してもらえていたのかもしれない。
うだうだ言うより、やっちまえ〜!と
頭を切り替えて引き受けることにしました。
今でも日本を代表するラッパーの一人として精力的に活躍してるけれど、
当時のSEEDAといえば、
VERBALをディスった「テリヤキビーフ」が話題になり、
代表曲「花と雨」も広く知られるようになっていた。
当時、絶好調のKREVAとも一緒に曲を出したりもして、
日本のヒップホップシーンで、
これからもっと大きくなっていくんだろうなと思わせる存在だった。
私としても、
せっかく作るなら何かインパクトのあるものにしたかった。
どうせなら、このPVを自分の名刺代わりにして、
次はもっと大きな予算の仕事につなげたい。
そんな野心もあったので、
限られた条件の中で思いっきりやってやろうと思ったわけです。
そこで選んだのが「alien me」←ここクリックで見れます。
当時のSEEDAには、
ストリートで生きるハスラーのイメージが強かった。
でも、SEEDAのアーティストとしての可能性はそれだけじゃないと、
アルバムを通して聴いたときに感じたので
ハスラーのイメージから一番遠い曲を選んだんです。
同じような印象の曲で認知されちゃうと、
今後の楽曲のネタの振り幅が狭く感じられやすいですしね。
ラッパーとしての可能性をこのPVで広げられないかと考えたんです。
実は、この曲を選んだ理由はそれだけではありませんでした。
この曲を聴いていた頃、
私はタロットカードを本格的に勉強していました。
歌詞を丁寧に追っていくと、思いもよらない発見があったんです。
タロットカードの大アルカナを0番から21番まで順番に並べると、
「フールズジャーニー」と呼ばれる物語が浮かび上がってきます。
愚者から始まり、さまざまな経験を経て世界へと至る。
人生で経験する出来事や成長の流れを表しているとされる物語です。
それが「alien me」の歌詞と重なって見えたんです。
しかも、この曲が歌っているのは、
単に自分が社会になじめないという話だけじゃない。
世界で繰り返される戦争や争い、人間同士がぶつかり合うことへの嘆きがある。
争うことを当たり前の選択肢として抱えた社会への違和感があるんです。
人は強さに憧れ、勝つことに価値を置き、何かを守るために戦う。
でも、本当にそれしか生き方はないのか。
大切な人と穏やかに呼吸をして、幸せに暮らすことではダメなのか。
そういう問いが、人生の旅を描くフールズジャーニーと深くつながっている。
私はそこに気づいて、めちゃくちゃ驚いたんです。
それでSEEDA本人に
「フールズジャーニーって知ってる?」と聞いてみた。
すると「タロットカードよくわからないけど、占いは好きですよ」と。。。
いや、何頓珍漢な返事してるんだ?と、
話が噛み合わなかったことが記憶に残っています。
SEEDAは無意識に
フールズジャーニーを歌詞に組み込んだと私は感じました。
歌詞を読み込んでいくと、人生の物語が流れになって見えてくる。
私にとっては、衝撃的な発見だったんです。
そして、ここからがPVの話。
この作品が公開されて数年経って、
出演してくれた生粋プロダクションの鉄矢が、
私にめちゃくちゃ怒ってきたんですよ。
「なんでラブソングだからって恋愛ドラマだったんだ!」って。
まあ、そう思うのもわからなくはないのですが、
当時のヒップホップシーンを知っている人からしたら、
もっと世界に物申す平和を訴える映像を期待していたのかもしれない。
でも、私は恋愛ドラマを意図して作ったんです。
実際に描いた物語を説明すると
東京のストリートでは、
いわゆる半グレと呼ばれる人たちが街の一部を仕切っていたりして、
東京のヒップホップも、
そういう環境の中で遊び、付き合い、関わりながら生まれていた。
ここに出てくるスーツの男たちは、まさに暴力の象徴として描いたんです。
そんな世界の中で、争いたくなくても争いに巻き込まれることがある。
自分の意思だけではどうにもならない力関係があって、
人間関係があって、暴力がある。
「alien me」が歌っていることと、
そういうストリートの現実は、決して無関係じゃない。
だから私は、
歌詞のテーマをそのまま説明するような映像にするのではなく、
ひとりの男と女の関係を通して東京ストリートを描くことにしたんです。
PVに登場する女の子はキャバ嬢。
SEEDAに対して遠慮なく挑発的な態度を取る。
彼女がきっかけで厄介な揉め事に巻き込まれ、
SEEDAは半グレの組織に目をつけられてしまう。
ナイフを突きつけられ、ひどく殴られ、ボロボロになるSEEDA。
彼が倒れているのを確認した女の子は、
そのまま半グレたちの車に乗って去っていく。
まさに「ザマーミロ」って感じで。
女の子は、ただ男に守られるだけの存在じゃない。
自分の意思で動き、相手を挑発し、時には男を置き去りにする。
彼女にも彼女の立場があり、ストリートの力関係の中で生きている。
そこには恋愛だけじゃなく、暴力や支配、人間同士の駆け引きがある。
僕が描きたかったのは、ありがちなストリートに生きるリアルな人間の姿だったんです。
もちろん、制作にあたっては、
SEEDAのファンを幅広く広げたいという狙いもありました。
当時の日本のヒップホップは、今ほど一般的ではなく、
冬の時代とも言われていた。
CDはなかなか売れず、活動できる範囲も限られていた。
リスナーの人口もまだ少なく、シーンを大きくしていくためには、
もっと多くの人にSEEDAを聴いてもらい、
市場そのものを広げていく必要があったんです。
今までHIPHOPに触れてこなかった人たちにも興味を持ってもらえる、
とっつきやすい入口が必要だと考えていました。
もっと女性にも見てもらいたかったし、
若い人たちにもSEEDAを知ってほしかった。
YouTubeでPVを見たことがきっかけで、
SEEDAの音楽に出会う人が増えたらいいなと思っていたんです。
もちろん、音楽がリリースされるたびにPVが作られ、
DVDに収録されることもありました。
どの作品も同じような映像だったら、見ている側も面白くない。
作品ごとに違う顔を見せることも大事だと思っていました。
レーベルからも「好きにやっていい」と言われていたし、
そうした背景もあって、私は恋愛ドラマという形を使いながら、
SEEDAの新しい一面を見せようと考えたんです。
そんなこともあって、私はタロットカードのことを頭いっぱいに考えながら、
ひとりの男と女の物語としてPVを組み上げていきました。
タロットカードの存在を私に教えてくれた元カノとの思い出も重ねながら、
0番のFOOLから、21番のTHE WORLDまで、、
大アルカナのカードを一枚ずつ紙芝居のように映像にしていく。
そんなコンセプトで仕上げたんです。
だから、画面の端には必ず数字を入れてあります。
カードの意味と映像、そして数字を照らし合わせながら見ていくと、
大アルカナの物語が浮かび上がってくる。
そんな仕掛けを映像の中に組み込んだわけです。
タロットカードの大アルカナを理解してると、また違った視点で楽しめます。
タロットカード覚えたい人にもおすすめです。←ここクリックで見れます。
争いを望んでいなくても、争いに巻き込まれてしまう人間がいる。
誰かを大切に思っていても、うまくいかないことがある。
暴力や力関係の中で翻弄されながら、
それでも人と人との関係は続いていく。
そんな「alien me」の世界観を通して、
大アルカナの物語を映像で表現してみたかったんです。
一枚一枚のカードが持つ意味を、
現実の人間関係やストリートの風景に重ねていく。
そんなイメージで作ったPVでした。
鉄矢には全部説明できてなかった気がするけど。
そういえば、もうひとつ思い出した。
いつも頼りにしていた編集スタジオの営業上本さんが、
お願いしていた編集室をこの時、押さえてくれていなかったんです。
そのせいで、予定していたアニメーションを入れることができず、
当初イメージしていた映像には仕上げられなかった。
本当にあの時上本さんと喧嘩したんだよなぁ。
今となっては、そんなこともあったなあと懐かしく思い出すけれど、
当時は残念だったし、
今もうちょっとわかりやすく観せれたのにな、って思っちゃいます。
そんな制作秘話なんですが、16年経った今、
ふとPVのページを見てみると、コメント欄が妙に熱いんですよ。
ずっと聴いていたいという人がいたり、
ふと思い出して聴きに来たという人がいたり。
この曲を聴いてラッパーを目指し、今活躍してるラッパーがいたり。
結婚式の披露宴で、お色直しの入場曲に使ってくれた人までいたんです。
実際にこの曲をきっかけにHIPHOPを聴くようになったと、
ちょこちょこSNSで聞いてもいました。
この曲を聴くと、時間の経過を強く感じるという人もいる。
面白いですよね。作戦は成功してたんじゃないかと思うんですけれど。。。
自分がPVを作っていた頃には想像もしなかった形で、
この曲が誰かの人生の一部になってました。
しかも、16年経った今でもコメントが続いているんです。
そもそも、映像を作るとき、私は『火の鳥』を意識していました。
16年前に作った映像が、今もあのときの姿のまま生きている。
手塚治虫の『火の鳥』では、
火の鳥の血を飲むと永遠の命を得られるという話が出てきます。
映像も、作った瞬間に終わるわけじゃない。
公開されたあとも誰かに見られ、何かを感じてもらい、
その人の記憶や人生の一部になっていく。
データさえ残っていれば未来永劫残り続けるんですよ。
映像ディレクターって、そういう役割なんです。
覚悟決めて作ってたなぁーって遠い記憶です。
たまに聞かれるんですが、
今映像作ってないのはエネルギーが足らないからです。
他にも色々作ったけれどもうあの時の元気は私にないです。
映画学校の同級生平井君に手伝ってもらって
この時2人で撮影こなしていたけれど
気付くと元気もーねーよっておっさんです。
にんにん