私の氏神様
ほしよみ堂岐阜店が、
2026年10月25日にプレオープンしました。
私もオープンメンバーの一人として、
在籍することになりました。
こんにちは。しのびのです。
実は、岐阜店のあるこの地は、
私にとってゆかりのある土地の一つでもあります。
私の母の地元は、
岐阜駅近くの加納です。
そんなこともあって、
子どもの頃は毎週のように岐阜へ来ていました。
母方のおばあちゃんの家は、
一階で「三好屋」という食堂を営んでいました。
私のお祖父さんは、
加納の町長をしていたらしいのですが、
母が幼い頃に亡くなり、
その後はおばあちゃんが中心となって食堂を切り盛りしていました。
三好屋は家族経営で、
親戚一同がそろって働くようなお店でした。
母もそこで働いていて、父と結婚してからも、
名古屋から通って手伝っていたんです。
私も母に連れられて、よく一緒に行っていました。
小学生の頃の記憶は残っていますが、
それよりもっと幼い頃の私は、
厨房の奥にある洗濯機の上が指定席だったそうです。
そこでじっとしながら、
厨房で働くみんなの姿をずっと眺めていたのだとか。
後になって親戚が集まったとき、
その理由を聞かされました。
忙しいお店の中で私が動き回ると仕事の邪魔になるので、
洗濯機の上に乗せられていたそうです。
おばあちゃんが亡くなり、
三好屋は今ではなくなってしまいました。
当時の面影も、何もかも残っていません。
そんな三好屋ですが、
かつてはこんなエピソードもあったそうです。
岐阜県の加納にゆかりのある世界的デザイナー、
山本寛斎氏は、幼い頃に貧しく、
兄弟でよく三好屋にタダでご飯を食べに来ていたのだとか。
今でいう子ども食堂のような感じだったのかもしれません。
何十年も経ってから岐阜のローカルテレビ番組で、
世界的に活躍できる存在になれたのは
私のおばあちゃんのおかげなんですと
当時のお礼を伝えに来て
三好屋を紹介してくださったこともあったそうです。
そんなわけで、
私が育ったのは愛知県名古屋市なのですが、
生まれた場所は岐阜県なんです。
私は、ほしよみ堂岐阜店の近くにある産婦人科で生まれました。
氏神様といえば、
住んでいる場所の近くにある神社だと聞いたことがありました。
ところが、ひょんなきっかけで知り合った陰陽師の方から、
氏神様は生まれた病院の近くにある神社になるのだと
教えていただいたんです。
そして、私の氏神様は、
金華山の麓にある
伊奈波神社の境内に鎮座する黒龍神社なのだそうです。
氏神様だと教えていただいてから、もう7年ほどになります。
今思い返すと、実は教えていただく前から、
黒龍神社は好きな神社の一つでした。
東京から地元に戻ってきた10年ほど前から、
年に数回は足を運んでいたんです。
そして、自分の氏神様だと教えていただいてからは、
初詣にも毎年欠かさず訪れるようになりました。
節目のタイミングや気合いを入れたいとき、しんどいとき。
私はここに行って、心を整えています。
龍頭石と呼ばれる石があるのですが、
この石をさすったりしながら、
自分の気持ちを整理するのが好きなんです。
それにしても、自然とここに来ると落ち着くと
思っていたところが氏神様だと知って
とても嬉しかったです。
なんせ約2,000年の歴史を持つ強力なパワースポットが
私の氏神様だなんてすごい心強いじゃないですか。
なんだってできる気になりますよ。
そして今回、ほしよみ堂岐阜店に所属することになり、
大好きな黒龍神社のそばで仕事をすることになりました。
これからどんな日々が始まるのか、今からワクワクしています。
ちょうど年の初めに、
体調を崩して施設でお世話になっている
叔母の家の管理も親から任され、
岐阜で生活することにもなりました。
私にとって、新しい生活の始まりです。
とはいえ、叔母の家の掃除はなかなか大変そうで、
今から頭を抱えているところです。
楽しみなことばかりではありませんが、
まずは目の前のことから、
一つ一つ向き合って頑張っていこうと思っています。
子どもの頃によく遊んでいた駅前も、
時が流れてすっかり変わってしまいました。
そういえば昔はこの辺って路面電車も走ってましたよね。
今の岐阜には知り合いが住んでいるわけでもないので、
少々心細いところもあります。
それでも、これから岐阜の方たちと
少しずつ仲良くなっていけたら嬉しいです。
大好きな黒龍神社のそばで始まる、新しい生活。
楽しみなこともあれば、頭を抱えることもありますが、
一つ一つ向き合いながら、
岐阜での暮らしを楽しんでいきたいと思います。
そして、
ほしよみ堂岐阜店で占い師として皆さんをお迎えします!
占いが気になる方も、
ちょっと話してみたいという方も、
ぜひ会いに来てくださいね。
岐阜の皆さん、これからどうぞよろしくお願いします!
にんにん