アンジェラ由紀恵
【後編】今日は占い師としてではなく、一人の母親として書きました。
事情聴取のたびに食べたチョコレートパフェ🍫🍨
今思えば、少し不思議な時間でもありました。
私は事情聴取のたびに、捜査官たちにご馳走になって、大好きなチョコレートパフェを食べていました。
事件の話をしているのに、
チョコレートパフェを食べている。
今思い返すと、なんだか不思議な光景です。
そして、あの当時、初めて知ったことがあります。
テレビドラマでは、捜査官が警察手帳を見せるだけで改札を通っていく場面がありますよね。
私は、
「ドラマだからできることなんだろう」
くらいに思っていました。
ところが――
私も捜査官たちと一緒にいると、通勤定期を出さなくても改札を通れることを知りました。
まるで自分がテレビドラマの出演者になったような気がしました。
その後、通勤定期を見せずに通った改札を通るたびに、改札にいる駅員さんが私に挨拶をしてくれるようになりました。
「えっ、私、顔を覚えられちゃったの?」
と、当時は驚きました。
今思えば、事件の捜査という緊張感のある時間の中に、そんな小さな出来事もありました。
犯人が捕まったのは、約2年後でした。
犯人は、女性の交友関係にあった人物ではありませんでした。
その界隈で、同様の凶悪な犯行を繰り返していた人物だったそうです。
女性の交友関係とは、まったく関係のない人物でした。
犯人が捕まったと聞いた時、ようやく事件が終わったのだと、少しだけほっとしたことを覚えています。
でも、私の中には一つ気になることが残りました。
あの日記は、ご両親のもとへ返されたのだろうか。
犯人が逮捕された後、日記がご両親に返されたのかどうか。
それは、今でも私は知りません。
あれから約40年

あれから、約40年が経ちました。
そして、私は3人の子どもの母親になりました。
今では、3人とも社会人です。
私のもとを離れ、それぞれの人生を歩いています。
私にも、一人暮らしを経験した娘がいます。
今の私が、もし当時の女性のご両親と同じ立場になったとしたら――
私は、きっと日記を返してほしいと思います。
娘が一人暮らしをしていて、日記を書いていて。
もし、娘が突然この世からいなくなったとしたら。
私は、娘がどんな生活をしていたのか知りたい。
私の知らないところで、どんな毎日を過ごしていたのだろう。
ちゃんと食事をとっていたのだろうか。
毎日を楽しく暮らしていたのだろうか。
どんな人と出会い、
どんな出来事があって、
どんなふうに毎日を過ごしていたのだろう。
私は、そんなことまで知りたいと思うのです。
そして、娘が生活していた「あと」を、できる限りたどってみたい。
たとえ、そこに親としては聞きたくないようなことが書かれていたとしても。
たとえ、娘が誰かの情婦になっていたとしても。
たとえ、私の知らない顔を持っていたとしても。
私の愛しい娘であることに、変わりはありません。
だから私は、娘の形見として、その日記を絶対に返してもらいたいと思います。
母親になった今だから思うこと
若かった頃の私は、
「ご両親に返してあげたらいいのに」
と思いながらも、その気持ちを本当の意味では理解できていなかったのだと思います。
でも、今は違います。
自分の子どもを育ててきたからこそ、
「どんな娘でも、自分の娘」
という親の気持ちが、少しだけ分かるようになりました。
そして、この殺人事件をテレビで知った今は亡き父が、仏壇に何度も手を合わせていたという話も、今なら胸に刺さります。
父は、
「自分の娘が殺されたのではなくて、本当によかった」
と、心の底から思っていたのでしょう。
40年という時間が流れても、
親が子どもを思う気持ちは、きっと変わらないのだと思います。
今の時代だったら
昔に比べれば、今は個人情報について、ずっと厳しい時代になりました。
もし、この事件が今の時代に起きていたら。
女性の日記は、ご両親のもとへ帰っていったのだろうか。
私は、そんなことを考えてしまいます。
もちろん、今と昔では法律も、捜査のあり方も、個人情報に対する考え方も違います。
だから、40年前の判断を、今の価値観だけで簡単に否定することはできません。
それでも――
母親になった今の私は、
「それでも、日記はご両親に返してあげてほしかった」
と思ってしまうのです。
そして今でも、
どうしても、やりきれない気持ちが残っています。
このブログは、占いの話でもありません。
誰かに何かを伝えたいわけでもありません。
ただ、
40年前のあの日のことを思い出して、
今の自分が母親になったからこそ感じることを、
今日は書きたかった。
ただ、ただ、吐き出したかった。。。
この日記に対するコメントはご遠慮くださいm(_ _)m
コメントをいただいても、お返事はいたしませんのでご了承ください。
今日は、占い師としてではなく――
一人の母親として、書きました。






